57 どぶろく造りむかしむかしは酒造りは禁止さっでいた。飢饉などばりあるもんだから、蓄えておかんなね。米、勝手に搗くことまかりならんというわけで、どこの村さも酒役人ていうな時々きて、ほして造ったな見つけられっど、百叩きとか、十日人足、二十日人足、叩がっだ他人足とられる。今だらば懲役何か月、罰金なんぼていうみたいなもんだったど。ほいつ、ほれ大変なもんだから。んだげんども、やっぱり百姓は稼いできて、夕方一杯ていうな何より楽しみだった。ほして疲れも直るもんだから、どこの家でもこっそり造ることにしておった。ほして酒改め来た時、「酒改めきた」ていうど、悟られっから、女衆のもの何でも廻す、炊事のもの。これは下さ置くことなし、留守中の家ははぶして、どんどん、どんどん廻す。たとえばフゴ、右と左さ廻る。向い合ってだ、道路の向いとこっち側と両方さ、ヘラ渡ったり、フゴ渡ったりするど、「はいっとス」て行って、「フゴ持したっす」て言うんだら、ほのフゴはたちまち廻る。こっちの方はヘラ行ったていうど、ヘラ、ぐるぐる廻ると、 「あっ、酒役人が来た、かくせかくせ」 て言うど、みな隠すのが定法だったど。 ある時、林はずれさ酒役人が来て、ばんちゃばりいだどこさ入って来て、 「こらこら、ばんちゃ、酒造ったが」 「はい、造ってます、造ってます」 「何造った?んだらばほこさ案内しろ」 「はいはい」 ていうわけで、だんだぇ山の方さ行った。 「こだえこっちさ造ったか」 「ほだっす」 「どうだ、ええあんばい出っか」 「いや、最近あんまりええぐ出ねのよ」 「ほだべぁ」 「元糀悪れど、ええあんばい出ねんだも、あいつぁ」 なて、酒役人とへらへらしながら、山二つばり越して遠 「かいつであんす」 て見せた、山竹の竹藪だった。 「なんだ、ばんちゃ、かいつぁ竹でないか」 「何だど、お役人さま」 「なんだどて、酒て言うたんだ」 「いや、酒は法度だも造らんねっだな」 て、ばんちゃの機転でやらっだけど。 「なんだ、竹では仕様ないっだな」 ていううち村中ぐるぐる廻ってはぁ、すぱっと隠して一滴もなかった。ばんちゃ抜群の成績上げだっけど。どんぴんからりん、すっからりん。 |
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