48 阿古屋姫

 むかしむかし、京の都に右大臣藤原豊成ていうえらい人がいだんだけど。ほの豊成さまていう人は、思いやりの深い、そして人がらのええ人だったげんども、ほして天皇陛下にも重く用いらっでいだげんども、わるい友だちがいて、はいつば、(しょね)んでいつわりのつげ口したんだど。したれば天皇陛下にお叱りうけて、遠い羽前国て、山形県さ流さっでしまったんだどはぁ。
 ほして、豊成には一人娘いで、阿古屋姫というて、(ひな)にはまれな美人だったど。ある晩、阿古屋姫がさびしさのあまり、琴をひき始めだんだど。ほのとき、一人の若者が現わっで、じっと琴の音さ耳かたむけていだんだけど。その次の日も、またその次の日も来た。ほしてその気配感じた阿古屋姫がちょぇっと(まなぐ)上げて見たれば、向うの若者と目がぱっと合った。ほしたら会釈して、ただ近寄ろうともしないで、どこともなく居ねぐなってしまった。
 で、ほだなこと続いて三日目の晩、物語り始めだんだど。その若者が、「いや実はわたしは人間でない。ここの千歳山(山形市)の上にある、よわい()九百年になる松の木の精だ」。こういう風に言うたんだど。ほして、
「おれが、三日後に伐り倒さっで、ほして名取川の橋流さっでその後釜になるんだ。橋になってしまうんだ。んだから、生きっだうち、せめてもの、きれいな清い思い出を残したくて、お前のほの琴の音さ聞き惚れて来たんだ。さらばじゃ」
 て、すうっと居ねぐなったんだど。んで、ほの三日目の朝、阿古屋姫が朝露を踏みしだきながら、千歳山さのぼって伐らせねべと思って登ってみたげんどもはぁ、すでに人足だ伐り倒してはぁ、ほして枝落して、すっかり準備しった。なんぼ頑張って引張っても引っぱらんね。んで、阿古屋姫が行って、はいつ、サラサラと撫でてけだれば、ずんずん下まで引き降ろすことができて、はいつ名取川さ持って行った。ところがほの若者の姿、何としても忘れがたくて、ほして阿古屋姫が、ほこさまた新しい松植えで呉で、ほして自分が髪切って、尼さまになって一生過したけど。今でも、んだから阿古屋の松ていう松の木が、二代目の松の木があるんだけど。どんぴんからりん、すっからりん。
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