6 蛤姫むかしむかし、あるてころに、シジラという人いだった。して、ほのシジラという若者が非常に親孝行で、たった一人のおかちゃんばうんと扱ってめんどう見だ。ところが来る年も来る年も作物うまく穫んねくて、なかなか百姓仕事もなくて困っておった。ほん時に、ほの、一策を案じた。 「ははぁ、車の後押したり、畑うないの雇取りしたりするよりも、海さ行って雑魚せめ..すれば、こいつぁ、只ですむわけだ。よし」 ていうわけで、釣竿かついで、舟漕いで海さ行った。ほして、ほっちゃ釣竿たらし、こっちゃ釣竿たれてみたげんども、昼間になってもいっこうにひかね。不思議なこともあるもんだ。ほだえしているうちはぁ、いつか夕波がザバザバと漂ってきた。 「はぁ、夕暮れの兆候だ。もう少しで暮れる。こだんだれば、こだんどこさ来ねで、車の後押したり、畑うない手伝ったりすっど、芋の一貫目や二貫目もらういがった。こりゃ。今日ばりは棒にふった。こりゃ」 なているうちに、急に釣竿重たくなった。 「はてはて、こりゃ不思議なこともあるもんだ」 と思って、ひょいと上げてみたれば、ゆらりゆらりと引掛ってきたのは、蛤一つだった。 「なんだ、こだな蛤か、蛤一つでは何ともなんね」 なて、ポインと投げた。ほうしたれば、また重たくなったから上げてみたれば、またさっきの蛤だ。一度ならず二度も引掛るなて、また、はいつば取ってポインと投げた。「何かかかんねがなぁ」と思って、また釣竿たれて見たれば、またピクピクと浮き動いたもんだから、上げてみた。やっぱり蛤だった。 「んだなぁ、何もないにゃ増したべなぁ、なんぼ小っちゃこい蛤だて」 て、その蛤釣り上げて、舟の中さ置いだれば、むっくりむっくりと、はいつぁ大きくなったけぁ、たちまちタライよりも大きくなった。大きくなったと思ったれば、何だか紫の後光がさしたような気がした。そしたら中からきれいなお姫さま出はってきた。 「これは不思議なこともある」 と思ったれば、 「シジラさま、シジラさま、わたしば、ほの、あなたの妻にして下さい」 て言うたって。 「いやいや、何か感ちがいしてござったの、んねが。おれは一介の水呑み百姓。田も畑も持たね雇取りして、その日暮ししてるんだ。あなたさまみたいな人は、天か、あるいは竜宮にお住まいになっている人でないか。とてもとても妻なて、ほだなわけに行かぬ」 「いや、ほでない。何とか一つお願いします」 なて言ううちに港についてしまった。 「んだらば、ここで待ってで呉 ていうわけで、家さ行っておかぁさんと相談してみたれば、 「ほだえ、あれだれば、家さまず一晩でもお泊め申せ」 て、こういうわけで、一番高いどこさ部屋とって呉 「いや、もったいない、素足では」 なて背負 「こういうわけだ」 て、お泊め申した。ほだいしているうちに、村中では、 「いやいや、シジラどこさすばらしい嫁さん来たどぇ。何でも天人か、あるいは乙姫さまか、まだまだきれいなだど」 「ほう、ほんではおれも行って拝 て、只も行かねで、みんな豆五升だ米三升だて持って行って、シジラの家どこさ置いで、ほしてみんな集ばって来っかったて。んだからシジラの家では、食いものに不自由ないがったって。ところがお姫さま、ほんで何名付けたらええがんべて、世間の人ぁ言うた。 「何でも、蛤から出はったそうだ。ほんでは蛤姫て呼ばんなねべな」 て、噂になってだ。て、ほの蛤姫が、 「旦那さま、機織りこしゃえで呉 て。ほして言われるまま、すばらしい大きい機師、シジラが作ってやった。次の日からトントン、カラリ、トンカラリンて、機織り始めた。ほだえ大きい機、なぜして織るべ。ほしたら、ある夕方、トントン、トントンて戸叩く。ほしたらば、ちょっと出はって見たらば、ほの海荒れて、何としても舟出さんねて言うから、 「何とか今晩一晩泊めて頂かんねべか」 ていう女がいた。ほしてはいつ、お母ちゃんと蛤姫と相談したれば、 「ほいつぁ泊めらっしゃい」 と、ほういう風になったって。ほんで泊めることにした。 ところが、ほの頃、ちょうど機が出来上がっていだって。ほしたらほの女がどういうわけだか、二人して機師さ上がったけぁ、パタパタ、パタパタと機師から反物とりはずして行って呉だって。ほして取りはずし終ったか終んねうち、 「こんど風が止んだから、舟が出るよう」 ていう声聞えだって。ほうしたけぁ、 「おさらばでございます」 て言うて、ほの女、かき消すように居ねぐなった。不思議なこともあるもんだていうわけで、ほいつを降ろしたれば、 「旦那さま、旦那さま、あした町に市場があっから、市場に持って行って売ってきて呉 「かぁ、すばらしいきれいな出来ばえだげんど、なんぼえ(に)売って来 「金、三千貫で売って来 「金、三千貫なて背負うも持 て、強く言 「値段、なんぼか」 て聞いた。 「金、三千貫」 値段聞いて、みんなびっくりした。買わんね。とうとう売んねくてはぁ、はいつ、〈元落ち〉て言うて、出した人が持って帰ることになった。ほしてまた頭の天辺さ上げて、しょぼしょぼと帰ってきた。 ほしたら向こうから白髪の老人を先頭にした馬さのってきた一行がいだった。 「これこれ、若い者。ちょっと顔見せろ。それは売りもんだが」 て聞いた。 「はい、売りもんだ。んだげんど、高くて、とても大衆向きでないもんだ。どなたも買える値段でないもんだから、一端家さ帰っど思って織って呉 「そうか、いかほどだ」 「金、三千貫でございます」 「うん、何。金、三千貫ざぁ、安いもんだ。余が買ってつかわす。余の元へ来たれよ」 ていうわけで、そうしたれば、ほだえしてるうち、道がぐるぐる、ぐるぐる廻るような気がして、あたりの景色がどんどん、どんどんうしろさ行くようなったけぁ、すばらしいお屋敷が見えてきた。何だか雲間に漂うようなすばらしいお屋敷が見えてきて、ほして、「ここだ」て、ほこさ行ったれば、ちゃんとお膳立てができていて、 「そんではお前の、この布頂戴すっから、金三千貫はここさ用意して、お前に見てもらって、屈強のうちの若衆さ、家まで届けさせっから、お前はここで、一献差上げっから、正直で親思いのお前に差上げっから、ここで飲んで行ってけろ」 ていうわけだ。ほして遠慮しながら御馳走になった。ところがほの老人曰く、 「この酒一滴、一口飲めば千年生きる。これ、お前さ三口飲むほど、おかぁさんさ三口飲むほどお上げする」 「いや、実は家にはもう一人おります」 「いや、それは関係ない、ええから持って行きなさい」 ていうわけで、そいつ貰ってかえんべと思ったれば、やっぱり道がぐるぐる廻るような気がして、はっと気付いたれば、自分の家の前さ放り出されたような格好でいだっけど。ほして何だかギンギンと音すんな何だと思ったれば、ほの金三千貫がきしむ音だけって。 ほうしたれば、にこにこしながら、蛤姫が待っていだっけて。そして言うには、 「売れなくて困ったったべ」 「うん」 「ほうしたれば、白髪の老人が来たんねけがよ」 「来ったった。なしてお前知ってる」 「いや、何を隠そう、わたしはお観音さまのお使いだ。天から、あなたがあんまりかいがいしくお母さんばめんどう見るもんだから、何とかお手伝いして来いて言 て、ほしてそこで金三千貫と不老の酒もらって、ほして、 「んでは、わたしの任務も終わったから、これでおさらばでございます」 て言うて、その人が天さ、すうっと登って行ってしまったど。どんぴんからりん、すっからりん。 |
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