1 葛の葉の子別れ―狐女房―

 むがし、摂津の国に安部保名ていう侍がいだっけど。心のやさしい、思いやりのある武士だけど。
 あるどき、保名は数人の侍を従えて信太明神さまさお詣りに行ったんだど。ほしてお詣りがすんでがら、この辺で紅葉見物でもして行くべぇていうわけで、一行で幕を張って、あたりの景色を眺めながら、酒盛り(はず)めだんだど。したればほのとき、外の方が急にわぁわぁていう声がしたと思ったれば、一匹の白狐が尾っぽ股にはさんで逃げてきて、きょろきょろしながら、保名の膝の上さ飛び上がってふるえていだっけど。
 間もなく、近くで狩りがあるらしく、勢子(せこ)が息をきらしながら、
「今、ここさ白狐逃げてこねがったが」
 て聞かっだんだど。保名は、
「狐なの、来ねがった」
 て。して、
「何だ、勢子の分在で、侍の幕内をのぞく」
 とて、さぁ今だ、安全な処さ逃げろて言うて、白狐ば放してやったんだど。保名たちがせっかくの酒盛りも勢子に乱さっで、つまんねぐなてはぁ、幕をしまいはじめだれば、石川恒平ていう侍が百人ほどの家来を連れてきて、おれの狩りの邪魔したていうわけで、伐り合いになって、多勢に無勢、とうとう保名が縛らっでしまって、いま少しで殺されそうになったんだどはぁ。したればほの時、どこからともなく年取った坊さんが恒平の前さ立ちふさがって、
「待て、待て、わしは藤井の頼範だ」
 て言うたれば、
「おう、これはこれは和尚さま」
 藤井寺ていえば恒平の祖先からのお墓が祀らっでいるお寺さまだほでに、頭が上らねんだけど。
「信太明神にお詣りに来たお人に乱暴はなりません、おやめなさい」
 て言わっで、和尚の言葉にそむぐわけにいかねくて、保名ば解き放して、さっさと消えで行ってしまったんだどはぁ。
 保名だ、和尚さまさ頭をさげて礼をいって、頭ば上げて見だれば、和尚さまの姿はなく、一匹の白狐が熊笹かき分けながら、薮の中さ入って行ぐのが見えだんだけど。
「さては、さっきの白狐が和尚に。不思議なこともあるもんだなぁ」
 て思っていだんだけど。
 さっきの激しい争いで傷がうずき、口も乾いだんで、水を求めて谷川さ降りで行ったれば、ほこさ一人で娘が洗濯していだんだけど。ほして娘がいきなり保名に走り寄って、
「お侍さま、大へんなお怪我で…。私の家はこの近くだから…」
 ていうわけで、言われるままに、お世話になたんだどは。保名は今度大丈夫になったから、お名前を聞いて御礼をいうて帰ろうど思って、
「お名前は何とおっしゃるんですか」
 て聞いだれば、
「葛の葉と申します」
 保名はまだ一人者だったから、ほの親切がわせらんなくて、さしつかえなかったら、おれの嫁になって下さらぬか、血なまぐさい武士より、この家で静かに百姓などして一生過したいと思って、葛の葉も喜んで、お側さ置いてけらっしゃいていうわけで、二人は夫婦になってしまたんだけど。
 ほして三年目に玉のような男の子が生まっで名前ば、安部童子て付けだんだど。
 ある春の日ながのこと、童子が(あす)んで家さ帰ると、お母さんが機織り台の上で昼眠しったんだけど。ところが何と着物の裾から白い尾っぽが出はっていだんだけど。童子がぶったまげて、
「お母ちゃん、尾っぽ、尾っぽ」
 ていうたんだど。
 実は、この葛の葉は、元、信太の森で保名に助けらっだ白狐だったんだけど。ほして葛の葉はしばらくうらめしそうに童子の顔を見てまもなく思い出したように、おれの気のゆるみだったなぁて思って、ほして硯箱もって、障子さ、すらすらと歌書いだんだど。
  恋しくば尋ねきてみよ和泉なる
   信太の森のうらみ葛の葉
 書き終ると輝くような美しい白狐に変身して、谷川の上の方に行ってしまったんだどはぁ。
 まもなく、野良から戻ってきた保名が童子の話をきいて障子の歌を読んで悲しんだんだど。「やっぱり」。
 お母さんに会うだいて泣き叫ぶ童子ば()ですぐ信太の森さ出かけて見だんだど。ほうしたれば、葛の葉が元のお母さんの姿で現われ、保名さ黄金の箱と水晶の玉を()で、言うたんだど。
「この箱の中さ不思議なお札が入っていで、お札を見るど、天地のこと、世の中のこと、人の命のことがよくわかるし、まだこの水晶の玉ば耳に当てれば、鳥やけもの、草木の言葉がわかるから、息子が大きぐなったら、形見の品としてお渡ししてけらっしゃい」
 て言うて、何べんもふり返って、木立の中さ姿を消してしまったんだどはぁ。
 やがて童子は後に安部晴明と名のて、一条天皇に仕え、暦や占い、天文学者になたけど。どんぴんからりん、すっからりん。
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