3 大沢言葉昔あったけど。これも川口あたりで伝わた話だども。大沢じゅ所(どこ)は、言葉使いの悪い所でな。他所がら来てみっど、土地さ住んでる人達 (ひたち)同志でしゃべてるごと、何言ってっが、さっぱりわがらなえずごんだ。 海辺の酒田や、ほれに秋田の矢島あたりも、長嶺越に抜げる間道がなんぼもあっ さげ、遠いようでも ほんげでなえ。なんぼが往来(ゆきき)もあったべさげて。何時の こめえ 時たま見廻りにやって来る代官さま達も、大沢の言葉使いは何とかさなんなえ ど思(も)ていだふうだちゃや。それにゃ先ず、京の都から言葉なおしの先生ばよばて、 この大沢さよごすごとなたけど。 都がらて言えば、遥々と海越してござらしゃるなだ。ほの先生じゅあ、きっと 偉いおっかなえ人だんだ。叱らんなえように気をつけんべて、人の先さ立つ庄屋 さまや組頭どん達(た)も気持ひぎしめでかがるごと語り合たどごだど。 はて、それじゃ今まで使てた在郷言葉で一番悪りじゅな何た言葉だもんだかと なたべ。でもな、病(やんめ)みでぇなもんで、自分(わあ)でや自分どごよぐわがんなえふうだちゃや。とにかく、 えやづげ ほの内、言葉直しのお役人さまが村さ着ぎなさったど。長年使いなれで来た言 葉て言うものぁ教へらって一日や二日で直ぐなおるもんでなぇて言うなで、長く 逗留なさて気長にかがて下さるごとなたけど。 これには村の人達もなんぼが気詰(きづげえ)で、息が詰てしまうべて心配(あじこと)したども、直す所はきちんとやらったども、格別に在郷言葉とび出さねば、ほんげにゃ ごしゃがんね ほげこげ(そうこう)してる内、すっかり村の衆ども気心おげなえ間になてな、 一寸見たどこどっちがどっちだがわがらなえくらえなたけど。ほしてや、言葉直 しの先生さも、在郷言葉も少し移たふうだでや。漬物みでえに同じ容器(いれもの)さ入 (え)っでおぐと味が移てしまうながな。長え間にゃきっとそうなるもんだべちゃな。 今なても不思議なごとにや、大沢の人達の話す言葉さ時々上品な京言葉の出て くっことあんぞ。それて言うなは、きっとこの言葉直しどから移たなだかしんね。 へば |
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