3 馬喰と山姥昔あったけど。或時、馬喰ぁ秋田の競市さ馬こ買い行たけど。欲しいじゅ人達 がら頼まっで、二才こ馬ばたんと買いこんで、独りで挽いで来たじょん。馬喰つなぐどて、前の馬この尻毛さ、後さ立つ馬この たてごの綱ば えっくらえ 家さ着いでそれぞれ馬こひき渡す時には皆どこ招んで蒼前祭もしなんなえ。そ ん時の肴も秋田で買えば、生(いぎ)の良えなが安ぐ手さ入る。さいわい鯖見っけだなで、 でっしり いよいよ里ば離れて山ン中の一番きづい峠さ来がかたじょん。この難所さえ過 ぎれば後は下りが多くなて、そんま俺方(おらほ)の領地ださげて、ほうすりゃ慣れなえ所 でもたのぽそく ほのうち、何処か遠くで鶏の声がきけで来るよな気したけど。こりゃそんま村 里さ出んべど思て歩き続けたけど。とごろが路ば間違がて林中の繁みさでも踏み ごんだが、まだ夜ン間なる時分でもなえのに、少しばり周囲(まわり)の様子おかしくなて 来たけど。なえだか薄暗ぐなたもんだと思たば、山姥出はて来て行先さジャエン と突立って はっと 「馬喰、馬喰、汝(にしや)、鯖持ったべ。ほれ俺ちゃ食へろ」て、おどがすべ。見っど山 姥でば胡麻塩髪ばザエンと冠て、口でば耳のつけ根まで裂げでだど。おっかなえ もんで、後首筋(ちんけ)の髪毛が自(ひとり)で よだって 「一匹ぐらえなら仕方なえべ、食へっかな」どて、馬の背中の叺の口から、ちちゃ こいな探してつまみ出そうとしたら、 「ほんだもの一匹二匹食たて食た気しなえ、皆おろせ」て、威張っちょん。おっ かなえもんださげては、叺のまんまあずげて、さっさと馬こひいで逃げる勘定し たど。 「こらッ、馬喰待て、こんな事でや腹の足(たし)になんなぇ、馬こほんげにいだもの、 一匹食へだて何でもないべ」て、言い出したけど。まさがど思た馬こを狙わった なださげ、動転してしまた。たとえ鯖なの食(くわ)っでも身欠鰊(にしん)なら家の方でだて手さ 入る。馬喰祝いにゃ、ほれ使て当然なだども、馬こば食ってがらじゅもの切角の 儲も、元も子もなぐなる。「これだけは勘弁して呉ろ」て、手すったども、山姥は 何たて食わなんなえ、食へなば汝(にしや)どこ呑むぞどておどすけど。 馬喰もまごまごしてっと大変な事になりかねなえさげ、一番後さつないだ馬こ なら仕方なえが。大分と脚も疲って来て、他の手足まどいなても悪りし、ほれに この中で一番と値も落ぢんなで、 むぞさえ 坂道(くだりかけ)さ出はて、 だがすか そこさ山姥追いづいだべ。んでも樹の上さ居るごど気付かなえで、沼の水さ馬 喰の姿映たな見つけで、ほれば一呑みしんべどばり飛びかがたべちゃ。ほしたら、 あれだけかっ食らた後だし、体が重だくて、ぶくぶく沈で行んけど。ほれごそ切 ながて水ン中で嵐気なて踠ぐど。ほのたんびに呑みこんだ馬こばピョコピョコと吐(はき)出してよごすけど。 水さ浮んだ馬こ、まだ息吹ぎ返して岸さ泳ぎつき、丘さ上て来っと、ブルンブ ルンと身ぶるいして水気切っけど。馬喰はそれ見で、身ぶるいするくらいなら大 丈夫だ。これは しょうぶした 家では、馬こ頼だ人達ば招(よば)て来て、賑(にげ)やがに蒼前祭したけど。鯖は山姥の腹ン中なたんだし、今までみでえに身欠鰊買てお祝いしたべ。身欠鰊ばそのまんま焼ぎ も煮もしなえで、三本一緒に三つに折る。つまり九つにして塩つけで祝たどごだど。 折鰊(おりにしん)どて、三つ折九層倍にも儲がるようにていう縁起ですなんだど。馬喰もこの度の馬こでや、 んと どんぺからんこ なえけど。 折鰊は女子の さんよけ 生鯖がなんぼ珍味(めずらし)て言たて、昔からのことは捨てらんねな。 |
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