1 厩がら逃げた牛昔あったけど。或時(あっづき)、家(え)ン中(じゅ)みな昼寝しったど。其時(ほん つき)、婆さま うら(便所)さ立っべと思(も)て、厩(まや)の前さ来たば、厩ン中からっぽだじょん。「あらやは。牛(べご)また厩の矢来棒外して屋外(おもで)さ逃げだなだべが」て、よっく見っど、背戸の畑さ行てだどこだど。牛でがらじゅもの、婆さま独りで手に負えるものでなえさげ、早ぐ家人達(えのひたぢ)さ教(お)へんべど思(も)て、大声あげで叫(さが)だど。ほんでも誰一人出はて来てくんなえ。このまましてっど、畑ば踏みつぶしてしまうんだ。ほんねたて青麦なのみな食ってしまう べちゃ。何としても誰がどこ頼まなんなえど思(も)て、家さ上(あが)てみたど。 ほしたば爺さまでば囲炉裏端さ仰むぎ打ち返ってるし、兄まだ半戸前(はんどめ)さ腹這い、炊事場(みじや)の隅こから寝息もれでくんなは、きっとのこんで嫁(あね)こだんだろ。みな てんで 「待で待で、良えごどあんぞ。爺さまは唄この好きな人で、取分けで〝あがらしゃ れ〟気に入りだ筈(はん)だ。牛(べこ)逃げたごとば歌て教(お)へだら機嫌よく起ぎんなぇべがど察(さど)たど。 この唄こは人さ酒勧める時ばりんなえ、山桑摘みン時もよぐ歌たもんだ。傾斜(ひら)の 下前さ居で、木挽脚に構えで歌うど仕事 はが行ぐ 「んでや、爺さまの耳元で、一つ上手に出してみっが」て、歌たどごだど。 背戸の畑 牛逃げて行たぞや 早く掴めなぇど 麦食うぞ ほんでも爺さま、まだ腰痛いさげ、兄どこ頼めどて起ぎようどもしなえ。寝返 りぶった後、訳も判らないごどもにゃもにゃって言てだけど。 婆さまごとしては、爺さまがかげん悪り(病気)ごんだら仕方なえど思て、兄ぁ 方ちゃ向たべちゃ。兄は冷だえ板の間さ腹這いなて、気持ち良さそうに鼾けったど。 「よしッ、兄の得意な〝在郷の濁酒(どぶろく)唄〟だ。この唄よぐ歌えっと唄上手どさっだもんで、酒盛ば賑はへるばりでなえ、田の草除り作業にも歌うんだ。 草を除るとも花摘むな て、掛声かげだら、きっと兄も飛び起ぎんであんめぇが。 背戸の畑さ 牛こ逃げだノンヤレ 早ぐ掴ねど 麦食うぞ スチャヤレ コチャヤレ どうしたごんだが、これも起ぎっどもしなえで、腹痛えさげ嫁(あね)こどご起してや れじゅごんだ。その嫁こだて何処(どさ)居だもんだやら姿見(め) ねえ、でも探したら炊事場(みじや)隅の涼風の来っ所(ど)さ気持よぐ横なてだけど。 嫁この十八番は〝大沢おばこ〟だ。これぁ摺臼挽ン時によぐ歌うもんだ。疲れこん で来た時、おばこ節きけで来っど、摺臼ぁ独りではずんで来るてな。ほさ、親の 前でど、重い荷物背負たまま坂道上りながらこれ歌えだら一丁前あるて言わったもんだ。 「どれ、ほの気組で、嫁(あね)こ起すが」どて、婆さま若え声つくて歌たどこだど。 あねこ起ぎで呉ろ 厩の牛逃げた 早ぐ掴めなえじゅど 畑の麦食れる ほの嫁こも頭痛いどて、ちょっこら起ぎそうもない。婆さまはとうど手あげも うしたけど。あんげに家(え)ン中(じゅ)唄好きで歌ってさえ居っど、飯(まま) 食なえたて良えくらいの人達なんだども、今日は如何(なじ)したが、大事な時ていうど骨惜みしっさげ頼りなんなえんだ。 そのうぢ、牛(べこ)ごとしては、青麦ばたらふくまぐらて、 じゅんぶぐ どんぺからんこ なえけど。 他力(ひと)かげそくばりすっと、はずった時の失敗(そん)が大きい。気つけねんねな。 |
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