5 鰈の年越肴

 昔あったけど。或所で大金持ど貧乏人が隣合せて住んでいたけど。
 正月来たでば、貧乏な家でばな、何の仕度も出来そもない。それでも自分達(わあだ) 我慢すれば、年肴なの無えば無えたて済まへっども、せめて歳神さまさ供(あ)げる分、 生臭物一片でもなじがしでえもんだて思うなだけど。
 一方(かたえっぽ)、金持の方は、ここは他所の家ど違って、ずっと昔から家族みんなさ鰈の大きい切身ばつけんなが家例だけど。んださげ朝早ぐ若勢ば肴買いに町さ使いや たけど。
 とごろが若勢戻て来ていうには、町中の鮮魚屋(いさばや)、どごもここも聞いで歩ぎあん したども、浜ぁ不漁で、荷ぁ入らなえ、やっとのごとで鰈ば二片だけ見つけで分 げでもらて来あんしたどて、たった二片(きれ)つん出してよごしたけど。
 旦那さま、それ見て至極腹ば立でなすってだど。家には何人家族(ひと)居んだ、これ ばりの切身でなんたごとして間に合へっどごだ。どてな、その魚ば屋外(おにや)さボエン と投げてやたけど。傍で見でる人達ぁ、勿体ないごどするもんだど思たども、拾 たりすっと、旦那さまどこ一層ごしゃがへでしまうばりだべさげ、触らぬ神に祟 りなしで知らなえ振りしったど。
 ほしたら、間も置かずどっかの猫が嗅ぎづけで擢(さら)て行たけど。猫ごとしては思 いがけないご馳走さありづいだなで、大喜びだったべ。
 さでど、何処(どさ)行て食たら良んだがとなって、猫の足の向いだ方は貧乏人の居る 隣だけど。こっちなら気兼ねいらなえし、誰も追っ立てる者も居まいど思て、来 てみだどころが、何処から現われたか、大嫌いな犬畜生に吠えつがってな、動転 して、いがみ返したら口から魚が離れてしまった。後は犬に追(ぼ)わっで一散に逃げ るばりで、とうど猫もこの鰈と縁が切れでしまたけど。
 そごさ貧乏な家の息子が通りがかて、雪の上さ落ぢった魚ば見つけだべ。こげ た所(ど)さ、こんげに立派な切身ば置いでるなて、何(なえ)じゅ事(ごん)だろ、普段は他所の人の 歩ぐ所でもなえさげて、落物でもなえだろうとて、誰か恵でくったものか。今朝 がた婆さまど正月来たども、神さまさ供げる肴もだなえて話したどごだった。誰 か親切な人が聞きづげで、こっそり恵でくったなだろうがな、て、その魚ば拾て 来て年越肴にしたけど。
 たった二片だども親一人子一人だもんださげて、とっても喜ごんでな、「我が身 好かれ...、人の身も 好かれ...」どて、滅多になえ佳(え)え正月迎えだけど。
 ほれがらじゅもの、何(なえ)じゅごんだが良えごどばり続いでだんだん家運上向いで 来たけど。ほれで此処の家ではずっと今でも鰈ば年肴にして正月迎えるごとし てっと。
 その隣の家はて言うど、鰈ば粗末してからじゅもの、良え事無しで、だんだん 落目なて行くばりだけど。
 年肴粗末しっと貧乏(しかだなぐ)なっさげな。年越の晩のお膳の肴ば皆な食なえで、明日(あした)さ少しでも残して置がなんねもんだぞ。 どんぺからんこ なえけど。

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