10 おごさま(蚕)の始め昔あったけど。或所(あっど)さ、めんごげた娘ばもった長者居だけど。そごの家にゃ珍 しい真白い若駒いでな。この馬こまだ娘こちゃ惚れで、ちっとも傍がら放れだがら なえけど。馬の飼料(もの)など、娘こが打込(ぶっこ)むど喜んで食うども、他の人でや誰がやたても振向ぎもしなえでな。ほしてや、厩の前さ娘この姿見せないど、厩ふんざらたり、矢 来ば噛んだりして、とにかく暴っで五月蠅くて おおえない(大変な)ものなたけど。 畜生のくせして、依怙背負て やらしぐ やがて長者さまも、二人ぁ離れらんなえ仲えなてだごとさ感づいだべ。何しろ めんごい これで若駒の方も熱冷すかと思たば、何のや厩の前さ娘こ姿見せなぐなてがら どいうもの、何(なん)た事しても一口も飼料(もの)喰わなぐなたけど。娘どご恋しくて秣 (うまひもの)も喉を通らなえじゅどごだろ。やがてにゃ、よぐよぐ痩(や)せおとろえで、背骨(せんどぽね)ば突張らせ、大き眼玉(まなぐたま) も乾からびてしょぼつかへ、見るかげもなぐなたけどは。 娘こ帰て、このあわれな姿見だらなじ思うべ、動転させで悲しまへっど、何時 までも思い残っかしんなえ。 むぞさえ 若勢達も今まで悋気してだなだし、その上、昔の若駒のりりしい姿も何処さ消 えだもんだか、何の いだまし 剥いだ皮ば馬こ繋いだ桑の樹さひっかけで乾して置ぎ、残骸(がら)ば穴掘って始末し ておいだど。娘ぁ何時帰て来ても何の思いも残さなえようにど心使てだろ。後厩(あとまや) もきれいに片づけておいだべちゃ。 とごろが、娘ごとしては遠く離れでても虫知らせたんだが、何が悪い事起ぎだ んなえがど胸さわぎして仕方なかったけど。家の事が思い出さっで早ぐ帰りだぐ て、なじがなるよだけど。そのうち気が狂いそうえなて、一目散家さ馳けづげだ べ。若駒のこと眼さ浮んで来んなで、何事もなえでくれればど祈りながら急いだ べちゃ。 とごろが、部落(むら)さ入んべどしたら、サッと突風が吹いで来て、身ぐるみ飛ばさ れそうなたど。かがまて風ば避げるかんじょしたどご、飛んで来た何が大きい白 い物が眼の前を塞いだどもたら、すっぽり娘の体ばくるまいでしまたけど。 あれよ、あれよて言てるうちに竜巻になて、娘こクルクルと高く舞い上てしま たけどは。その後で何だか判らなえ小箱が一つ天から舞い落ぢで来たけど。これ はきっとの事(こん)で、娘達落してよごしたんだがと思て、大事によせで 娘の体ば被た白い物じゅは桑の樹さひっかけでおいだ毛皮だったどこみっど、 死んだ若駒まだ娘どこば天国ささらて行たどこだべちゃなや。人間さ思いかげた 畜生の執念て おつかね 今でもホラ、桑の樹さ馬こつなぐな、て言うてんべ。こういうごとあったさげ て、馬もつながれんな嫌って、もし暴って怪我(あやまち)でもしっと悪いさげてな。 とにかく、こげえな事になるんだったら、若駒どこなの殺すんじゃながったと 悔んでみだたて、今更なじもなるもんでなえ、こんだ却って親の方 がおて ほしたら或時、若駒さのった娘、まだ夢枕さ立ったけど。言うには、 「二人は天国で倖せに暮してっさげ、心配(あじこと)しんな。何だったら拾ておいで呉った 小箱の中開げでみでくろ。きっとそさ虫こわいでくんべ。ほれ桑の葉ば大好ぎだ さげ、それ食せで、俺達と思てめんどうみでくろ」てだど。 明るぐなてがら、土間(にわ)さ置いどいた小箱ばあげでみだど。ほしたら成るほど、 めちゃこい ほして、どの虫こさも、頭部(あたまんどこ)さ黒い型こがついでっちょん。よっく見っど馬の蹄跡みでえだけど。んだもんださげ、若駒の生れ代りに違いなえじゅ事になては、後で「お蚕(ご)さまの くらこ ともかく、娘達の形見だと思て大事に飼てだれば、後で ひけ 昔ぁ百姓する家なら何処でもお蚕さまおいだもんだ。その時分のごど、正月過 ぎっと、部落(むら)の婆さま達が おなかば んだよ、おしら様て養蚕の神さまで、ご本尊は桑の樹で こさえ このむがし |
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