12 四枚のお札

 むかしあったけど。和尚さまと小僧といだったど。そしてある日、小僧が、
「和尚さま、和尚さま、お彼岸も近づいて来たから、おれ、大沢山さ行って、あ そこにリンドウの花がいっぱい咲いっだから、明日行って取って来て悪れか」
 て言ったら、和尚さん、
「いやいや、リンドウの花もええげんども、あの山に性(たち)のわるい鬼婆いて、人食 うというもんだから、あそこは止(や)めた方がええんねが」
「いや、鬼婆なんて本当にいたかいないか分んねし、鬼婆なのさっぱり恐っかな くない。んだからおれ、何でもかんでも明日行ってみたい」
 て言うから、
「そうか、そんがい行きたいごんだれば、行って来ればええごで」
 と。そしてその日早く寝て、朝早く起きて和尚さまから御飯炊いてもらって、 大きなヤキメシ二つ背負わせて、お菜に味噌漬と卵焼き拵って呉っで出掛けた。
 そして出掛けっどきに和尚さまがその弁当さつけてお札四枚呉れた。
「これは本当にありがたいお札だから、いよいよの、お前困ったときに、このお 札にお願いしてこれを使え。落とさないように大事にして持って行けよ」
 て言われて、小僧は「はい」て言うて、懐さ入れて出かけた。そして一つ山越 えて、ずうっと行ったら、いや広々としたどこに、いや咲いっだ、咲いっだ。リ ンドウの花とっても美しく咲いっだ。
「いや、こりゃええどこさ来たもんだ」
 そしてまず、お昼にはちょっと早いげんども、小腹も減ったから、弁当食って それから持って帰ろうと思って、場所のええどこさ腰かけて、その弁当食ってだ。 そうしったら、とてもええ天気だったのが、にわかに曇って来て、「おかしいなぁ」 ているうちに暗くなってしまった。はて、困ったもんだなと思っているうちに、 だんだんと真暗くなってしまった。
「さぁ、困った、提灯も松明も持って来ないし、どうしたらええが分んない」
 と思って、向こうの方見だら灯りが見えた。
「ああ、あそこに灯りがある。あそこに行ってみよう」
 と思って、そうして行ったら、一軒家あったど。ボッコレ家だげんど、灯りが ついて中に誰かいたど。そして、「こんばんは、こんばんは」て言ったて言うんだ な。出て来たのがそれこそ恐っかない顔面しった婆だど。そうして気味のわるい 婆だと思ったげんど、何とも仕様ないから、
「にわかに暗くなって、何とも困ってしまったから、今晩一晩泊めておくんやね が」
 て行ったら、
「ああ、ええにもええにも、泊って行げ」
 と。そしてそこの家見たら庭からずうっと離れ便所あるって。そしてこっちの 方が小さい家だげんども、台所と茶の間とあって、炉端さ火どんどん焚いっだか ら、そこさ寄ってあたっていたど。ほうしたら、
「お前にうまい御馳走作ってやっから待ってろ」
「おれ、今おにぎり食べて来たばりだから、腹減んね」
 て言うげんども、
「ええから、ええから、うまいもの食せっから、まず待ってろ」
 て、陰さ行って婆が何か御馳走拵えて、そして一人言たってだって。
「どうせ、あの小僧食うなだから、うまいものいっぱい食せて、食ったらなんぼ かうまかんべ。んだから御馳走ありだけ拵えて食わせなくてなんねえ」
「さぁ、大変だ。いよいよこりゃ、おれぁ婆に食れるんだ。何とかして逃げる方 法ないか」
 と思っていろいろ考えた。そして、
「婆、婆、便所さ行きたくなった。便所さやってくれ」
 て言うたら、
「お前、便所さ行くなて言うて、逃げる気でないか。待ってろ。んじゃ縄を付け てやっから」
 て言うて、腰さぎっしりと縄結わえつけらっじゃ。それをズルズル、ズルズル と引張って便所さ行った。そして便所さ入って考えた。
「なんとしても逃げなくてなんねぇ」
 んと、婆こっちの家の中さ居て、縄ときどき引張る。「まだかぁ」て言うど、「ま だだぁ」て言う。そうすっどまたグッグッと引張る。そして「まだかぁ」て言う ど、「まだだぁ」て、中で返事する。そうすっどまたそれから考えたど。
「よし、こんどき、あの和尚さまにもらって来たお札をお頼みする他ない」
 と考え出した。そしてその縄を腰から解いて、柱さぎっしり結えつけた。そし て手を合わせてお願いした。
「あの鬼婆、まだだかて言うたら、まだだぁて返事して下さい」
 とお願いして、お札をそこさ貼りつけて、そうして逃げ出したど。いや逃げた 逃げた。それこそ暗いどこ、どこをどういう風に逃げたか分かんねど。その鬼婆、 家の中で縄引張ってみっど、柱さ縛っていっから、小僧さ結わえっだど同じだ。 「まだかぁ」て言うど、「まだだぁ」て、お札が返事する。これは何時(なんどき) 経ってか分んね。あんまり長いどて、不思議に思ったていうなだ。そして、
「まだ、お前便所に居んなが」
 て行ってみたら、小僧はもうすでに逃げて行って、そして縄が柱さぎっちり結 わえつけてあったど。
「よし、あの小僧、逃げ上がったな」
 て言うんで、鬼婆、後追いかけたて言うんだ。その鬼婆、足が早いわ早いわ、 「小僧待て」て言うんで追かける。小僧は一生懸命逃げっけんども、もう捕まり そうになった。そうすっど懐からお札一枚出して、「大川出ろ」て大きな声で叫ん でそのお札を投げてやっど、いや、その川の大きな、ゴヴゴウと水流れる大川出 たど。
 ほうすっど婆、何としたらええかと思って、あっちゃ行ぎ、上ったり下ったり していたけぁ、こんど漕いだって言うなだ。その間にどんどん、どんどん小僧逃 げたげんども、婆、川漕いだがして、また上って来たていうなだ。ほして、 「小僧待て、小僧待て」て追いかけて、いよいよまた捕まりそうになった。こん どは仕方ない、もう一枚のお札出して、「砂山出ろ」て投げた。ほうしたら見る見 るうちに砂山が出たていうんだ。さぁ、その砂山、鬼婆のぼろうとすっどズルズ ル崩れ、また登ろうとすっど、ずるずるとずっこけしてなぁ、なかなか登らんね。 そのうちに小僧はどんどん、どんどん逃げて来たげんども、とうとうその砂山、 どうして越えたか越えてきた。ほうして今度はまた追かけられそうになった。そ うすっど最後のお札を出して、「火の車出ろ」て投げた。そうしたところぁ、大き な車、ぼうぼうと火燃えんな、ぐるぐる、ぐるぐると行って、鬼婆そっちさ行く かと思うと、そっちさ転げ、こっち行ごうとすっど、こっちさ転げて来、いやま ず何とかかんとかして、そこくぐり抜けた。その間に小僧はお寺さ逃げ込んで来 た。
「和尚さま、和尚さま、おれば助けてくだい」
「一体どうしたごんだ」
 て言うたら、
「いや、鬼婆に追いかけられで、やっとここまで逃げて来たんだ。助けておくや い。和尚さま」
「よしよし、ほんじゃら、お前は隠れろ」
 と言って、押し入れの中さ隠っで、戸どんどんと閉めてしまった。そこさ鬼婆、 息絶え絶えになって追いかけて来た。
「はぁはぁ、小僧ぁ来たべ」
「小僧、まだ来ない」
「いや、来ないざぁない。確かにここのお寺さ走り込んだこと見届けて来たんだ。 小僧出せ」
 ほうして、「一体、お前は何だ」「おれぁ化物だ」「何の化物だ」
 て言うたら、納豆の化物だて言う。
「何をテンツつかす。納豆の化物だなて、ほんじゃ納豆になられっか」
 て言うたら、
「なられる」「んじゃ、なってみろ」
 ほうして、ほのころころ、ころころと転がっていたけずぁ、音立てなくなった から、開けてみたら、ぐるぐると糸の出る納豆になっていたど。ほうすっど和尚 さま、こっちで餅焙って、何つけて食ったらええがどて、何もないから、 醤油(たまり)と か味噌とかでもつけて食う他ないと思っていたら、納豆出たから、醤油ぶっかけ てドンブリさあけて、そうしてその納豆ペロッと食ってしまったって。そして、
「小僧、小僧、出てこい」
 て。出て来ねていうんだな。そうして行ってみたら、押入れの隅(すま) こさすくんで ぶるぶる、ぶるぶるふるえていた。
「何していっこんだ。化物など、おれ食ってしまった」
「なじょして食ったごんだ、和尚さま」
て言うたら、
「納豆の化物だていうから、納豆になってみろて言うたら、納豆になったから、 んだから焙ってだ餅さつけて。つうっと残っていたから、お前も食え」
 て言うど、小僧も残った納豆、ペロッと食ってやれやれて。んだからそんなど こさ行くなて言わっだどぎにゃ、決して行くもんでないぞって、和尚さま、よっ く教えだけど。どろびん。
(宮下昇)
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