11 狐むかし

 狐ぁ化けだんだって。ほうして狐ぁ出てきて、くらんくらん、くらんと三べん ばりひっくり返って、おこん姉に化けだって。
 ほして、脇の畑から蕪一本、ぽんと引っこ抜いて、背中さぽんとやったら、ほ いつぁおぼこになったど。ほして蕗の葉っぱかぶせて頭巾になって、木の枝ポキ ンと押折(おしょ)って手さ持ったら、提灯(ちょうちん) になったど。
「いや、うまく化げあがったな」
 と思っていたど。
「この野郎、おれ見っだの知しゃねで、化げあがったな。魂消らせて呉れっから」
 と思って、静かに待ってて、その前さ来たら、
   オーワィヤレ オーワィ ヤレヤーレ
   オーワィヤレ ヤレ
 て、上手に子守唄うたったて。ほうすっど丁度前さ来たとき、「なえだ!」て音 立てたら、
「ああー、魂消たこと、あらら、誰だと思ったれば、清太おんつぁだごで。ああ 魂消た、ほんに」て。
「にしゃ、なんぼ上手に化けだって、おれ、ちゃんと見っだぞ」
「あらら、見(め)けらっじゃながぁ」
「どこさ行く」
「向い原のおばさ家(え)さ、今夜、 嫁とり祝儀あって、ほこさ招ばっで行くなだ。清 太おんつぁ、狐の祝儀見たことあっか」
「まだ見たことないな、本物見たことないな」
「ほんじゃ、行って見やんねが」
「よかんべ」
 と。ほして、ノソリノソリと出かけたど。ほして行ったところぁ、向こうの方 さ灯りポカポカ、ポカポカと点(つ)いっだな、
「ありゃ、あそこだ」
 そして行って、
「あの、狐の御祝儀さ人間なて行ぐど、御祝儀ぼっこれなっから、んだからあん まり悪れげんども丁度前に坪山あっから、そこの坪木の陰さ隠っでで見ておくや いな」
「ああ、よしよし、わかったわかった」
 て行って、
「ここ、ええどごだ」
 て、なかなか立派な坪あったもんだから、坪のかげさ隠っで見っだていうなだ。 ほしたら、おこん姉ぁ、ガラガラと玄関の戸開けて「おばさ」て言うた。
「はい、あらら、おこんだってこ。なんだまず、遅いごど。電話でも掛けてみん なねがど思っていたどこだった」
「こん吉ぁまず、寝起きぁ悪くて、まずあんまり、じゃみてるもんだし、遅(おぐ)っで はぁ、あまり不調法な」
「どれどれ、あら、こん吉、大きくなったごど。ほんに口端のとんがり具合など 父ちゃんそっくりだでそ」
 なんて言うて、「まずまず、寄って呉ろ」なて入って行った。ほしてしばらく経っ たら、向こうの方からポカポカ、ポカポカと灯りが見えて来た。何だと思ったら、 狐火だ。
「ああ、うん、あそこの狐の御祝儀だけあって、狐火とばして来(く)ん な」
 て思っているうちに、歌うたって来た。長持だ、長持唄うたってどんどん来た ら、長持かつぎは来る、その後さ仲人ぁ来る、嫁(むかさり) は来る、嫁付き、聟殿とそろっ て来た。魂消たことにぁ、みな尻尾出したっていうなだ。
「なるほど、狐の御祝儀だから、尻尾出してるな」
そうしているうちに、こんど家の前さ来たら、
「近迎え、それそれ」
て、数の子豆、一升瓶持って来て、
「早いお着きでおめでとうございます」
て、挨拶すんで、して、
「唄で受取りやっか、盃で受けとくやっか」
 なて、長持受取り渡しすんで、入って行った。ほうして中さ入って、こんど何 をしったか、ドダバダ、ドダバダていたけずも。
「大抵始まりそうだ」
と思って、そおっと行って、窓の下からのぞいてみた。ほうしたらお膳がずらり と並んでいた。さぁ、そのお膳眺めたところ、なるほど狐の御祝儀だけあって、 お料理は全部油のお料理だ。お冷も油揚、お皿も油揚、お吸物も油揚、飯も油揚 飯、みな油揚のないものぁさっぱりないずもの。
「はぁ、うまいことやってるもんだ」
 と思って、みなずらりと並んで、こんど三々九度の盃もすんで、ほしてこんど 祝いことだからって『謡い』が出た。謡は三つ。四海波から高砂謡った。そうこ うしてるうちに、こんど唄始まって、仲人、
「んじゃ、おれ、皮切りに出しましょう」
 て、松坂を出したど。そこで唄うたって、ショーガイナは出る、大津絵は出る、 いやとてもにぎやかだった。ほしているうちに、誰か玄関の方からからと戸開け る。「さぁ、誰か来た」と思ってわらわらと坪山さ行って隠っで知しゃねふりしっ たところぁ、おこん姉出てきたど。
「清太あんつぁ、清太あんつぁ」
 て言うたら、「おう」て言うど、
「なんぼか寒がったべ、あんまり寒いくて風邪でもひくと悪いからと思って、一 杯持って来たから、こいつ飲んで待ってでおくやい」
 て、見たところぁ、重ね重箱さ、稲荷寿司、しかも本場だけあって大した見事 なだ。そいつさ酒持って来て呉っじゃもんだから、
「いや、御馳走なもんだな、われなぁ」
「ゆっくり飲んで見でっておくやいよ。なお、裏に離れのお風呂あっから、あん まり寒いときにぁ、誰もお風呂さ行かねから、そなた、ゆっくりお風呂さでも入っ て行っておくやい」
 て、ほしてまた入って行ったずも。ほうして、まず、それ一杯御馳走になって、 寿司を御馳走になって、もうこれぁええ気分になったもんだど。ほうしているう ちに小寒くなったので、一入り、せっかく言うて呉れっから風呂もらって来っか とて行ってみた。とてもええ風呂だ。手甲、木の枝さ引っかけて、新しい石ケン、 新しいタオル付いっだし、そこで顔洗ってカポリカポリと鼻唄などうたっていた ていうわけだな。
 ほうして、うつらうつらていたら、そのうちにだんだん夜明けてしまった。学 校生徒通ったず、そこな。みんなゾロゾロ学校生徒通って来てな、ちょいと道の 脇見たら、桑畑の隅こにある溜桶の中さ、清太おんつぁ入って、何か小唄うたっ ているてなだな。
「おいおい、見ろ見ろ、あそこ、清太おんつぁ、んねが。何だ、あだな溜桶さ首っ きり入って、シメシだか何だかで顔洗っていた」
「こんな、あったもんでない。みんな一・二・三で呼ばってみろ、ええか一・二・ 三。清太おんつぁ」
 て言うた。そしたら、「おう」。ポカッと目覚めた。ところが溜桶さ入って、シ メシで顔かぽりかぽり洗ってだ。そして脇見たら稲荷寿司だと思ったら、箱のぼっ これさ、馬の糞や汚ないものいっぱい、ぼっこれスズさ小便など入ったな、カポ カポ飲んで、とうとう馬鹿にさっでだ。んだから狐退治するなんて、あれはお稲 荷さまのお使いだから、そんな気起すもんでないど。どろびんさんすけ。
(宮下 昇)
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