38 塩井の弘法さま

 塩井ていうところは、中州になっていたところだった。大旱魃の年に、ここに ござって弘法大師は、暑い日であったそうだ。「水一杯呉 (く) っでくんねが」と、所望 されたわけだ。ところが見れば身なりなていうのは乞食 (ほいと) だ。おんぼろ、さすぼろ 着て、笠一蓋かぶって、杖ついたぐらいで、ちょうどここのお寺さんの前にきて、 たのんだところが、「いやいや、何里も行って飲み水汲んで来 (こ) んなねなだから、お 前にあげられない。おれさえも困っていっどこだぜ」ていうたてだな。そして清 右ヱ門どこさ来て、「一晩泊めてけろ」ていうたら、
「いや、カヤもないし、わかんね。ここらなの広い田んぼなもんで、蚊、ぶんぶ んきて、とても寝らんねごんだ」
 ほしたら、「いやいや、何にもいらね、軒場さでも結構だ」ていうたそうだげん ども、なじょな人だか分んねもんだから、「いやいや、こんなどこだげんど、寄っ て泊ってください」
 て、泊めたど。
 後日の話だが、その部屋にだけ蚊か一匹もいないがったど。そうして、
「こうして泊めてまでもらったから、こんなに水に苦しんでいっこんだらば、何 とかしてやろう」
 といって杖でちょえっ、ちょえっとついたら、そっから水が湧き出たど。
(色摩清見)
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