19 長い話

 その婆さま、とんな「むかし」好きな婆さまでよ、とっても「むかし」好きで高札立てたど。
〈むかし、腹いっぱい聞かせてくれる人おったらば、望み次第の御褒美出すから〉て高札立てたど。したら座頭の人よ、
「かかり子持ってねもんだから、その婆さまに子ども貰って呉(く)んべ」
 と思って出かけたんだど。ところが「むかし」ちっとも知しゃねがったって。ほうして、
「高札の表について、参りました」
「よく来てくっじゃ、さあ早く寄れ」
 なて寄せらっで、お茶飲ませらっで、
「まず、早く語って呉ろ、まず」「はい」
 知しゃねもんだからよ、
「むかしあったけど…」
「うん、そうしてどうした」
 て聞くなだど、婆。
「あるところに…」「うん、あるところに、何だった」
 て、聞くなだど。ほしたら、
「あるところによ…」「うん、あるところ、憶えたぞ。その後、なじょなった」
 うるさい婆でよ。
「蛇、藪からちょろっと面(つら)突出(つだ)したど…」
 て言うたずま。
「その蛇、なじょなった」「その蛇、ちょろっと面(つら)…」
「面、突出したどこ分った。ほしてなじょになった」「また面突出した」
「またか」て、聞いだんだど。何になっかと思って、ほうしたら、
「あんまり面突出していんな、その蛇、何になんべ」
「出だしたど。今度、ノロノロ、ノロノロて出だしたど」
「どこさ行ぐ、ノロノロとか」
「蛇だもの、ノロノロて行くべしたなぁ」
「いや、長いなんだ、そがえ大きい蛇か」
「ノロノロ、ノロノロ、今日もノロノロ、ノロノロ、明日もノロノロ」
 て語ったど。
「何かないことか」
「いや、これからだごで、何ぁ出て来っか分かんねごで、今日もノロノロ、明日もノロノロ…」
 なんぼ「むかし」好きだったて、半日も一日もノロノロていたもんだから、ごしゃっぱらやいではぁ、「たくさんだ」て言うたずも。そればり待ってだんだずも。
「ああ、ええがった、たくさんだか、婆ちゃ」
「たくさんだ、はつけなもの、今日もノロノロ、明日もノロノロ…、ほだな話ない、たくさんだ」
「ほんじゃらば、御褒美に子ども呉(く)っじぇおくやい、おれ、子持たずだから」
 て言うたど。そして、
「呉れんどこでない、見たくもない、ほつけなもの、ほに!」
 泣くおぼこ、びりびり背負いハケゴさつめて、呉っでやったど。ほうしたら、喜んで座頭、ほくほくて家さ戻って行ったど。かかり子できたって。
「ああ、めんごいおぼこだ、女おぼこだな」
「女も男もない連(せ)て行げ」
「何と名付(つ)いっだ」
「おそのと名付(つ)かった」
 婆、ごしゃえで、むごさいもんだ。おぼこ泣いで、泣き泣き呉っじゃど。座頭喜んで背負って来たど。そしたら、よっぽど来たらば、
「何だ、こら、座頭、どこさ行って来た」
「おれぁ、物好きな婆、どこさ行って、高札あったべ…」
「あったごで」
「あそこさ行って、むかし語って」
「何むかし語った」
「蛇むかし語った」
「んだべな、にさ(お前)な野郎、何もむかしなど知ったもんでないもの、蛇むかしぐらいなもんだごで」
 て言うたら、
「一日、ノロノロて言うたらば、聞き飽きたから、たくさんだて言うもんで、ほんじゃ、たくさんなほど聞かせろて言うなだから、ほんじゃ御褒美呉ろって言うたらば、おそのと名付ったおぼこもらってきた。おれ、おぼこ居ねなよ、おかたもいないし、子どもも居ねし、この年になって仕様ないから、大事にして育てる」
「おそのどこ、もらって来たどこか」
「ほだ」
「まず、契約で休みしったから、酒一つ飲め」  て言うたずも。「んだか」なて酒好きなもんだから、そこさ尻掛けて飲んだど。ほうしたら、身のほど知らず酒飲んでしまったど。
 そうすっど今度ぁ、野郎べらおその坊どこ、そおっと背負いハケゴから出して、こんどその家さ連(せ)で行ったんだど。
「〈蛇むかし〉ぐらいなで、おぼこ取っ換えてる婆ないごで。座頭だもの、来たとき、おらえさ来ねて言えば、そんでええんだから、こがえな座頭さ貰わせていらんねんだから」
 て、代りに豆腐殻、背負いハケゴさ、でっすり入っで呉っだんだど。こんど酔えたもんだから、
「ほんじゃ行くべ、行くべ。待ち遠しがったべ、こんどおれ家さ行って、うまいもの食せっからな」
 て、背負って行ったじも。そしたら汁垂ったじもな。
「あらら、おその、小便たっだな。んだごでな、おれ、いっこうたださねで、小便出っかて聞かねもな。困った困った。かんしょ(堪忍)しろな」
 なて、家さ背負って行ったど。ほして、ドッコイショって、「おその、おその」て背負いハケゴさ手入っで触ってみた。冷たいぐなって、デロデロてなっていたずも。ほうすっど、うんと座頭が泣いだど。
「おその、かすになった」
 て、泣いだど。んだから決してそんげな、つまんねことで他人(ひと)一人もらうべなて、悪い人だも…。

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