13 猿 聟

 あるところによ、じんつぁがかなり大きな百姓しったけど。娘三人もってだど。
 そしたら、田の水みな干(ひ)ってしまったど。じんつぁ、家の前さ出て、こわいもんだから(つかれたので)、
「ああ、おら家の田の水、みな干(ひ)ってしまった。こいつ誰か掛けて来てくれる人いっじど、三人娘持ったな、どれでも呉れっけんども」
 て言うたば、退屈して山に、猿、木さのぼっていだったど。そうすっどそれ聞きつけて、「ええこと聞いた」て言うもんで、だんだんと来たって。ほしたら、
「何て言うた、じじ、今」
「おれ、田の水干(ひ)ったげんども、こわくて行かんねから、こさ田の水かけて、後千刈、前千刈の田さ水かけてくれる人あったらば、あの娘三人のうち、どれでも呉れるて言うた」
 て言うたど。そしたら、
「水、おれ掛けて呉れっから」
 て言うて、デンデンと走って行って、ドンドンと掛けて呉っだ。
「じさま、娘呉ろ」
 じさま、やっこくなってはぁ、
「何て言うたらええがんべなぁ」
 て思って、やっこくなって、一番大きい娘に、
「まず、田の水干ったな、猿にかけてもらったもんだから、誰か猿のところさ嫁に行って呉んねぇか、お前一番大きな人だから、大きい娘だから行って呉ろ」
「嫌んだ、馬鹿らしい、人間が猿のおかたになっていられっか、行かねぞ」
 て、いっぺんではねらっだ。困ってじじは、今度は泣き面(つら)かいで、二番娘さ、
「われぁ行って呉んねぇか」
 て、こう言うた。したら、
「姉さま嫌んだどさ、小馬鹿くさい。猿のおかたに行ってらんねな、おれ」
 て言わっじゃ。じんつぁ困ってはぁ、飯食わねで寝っだって。したら一番の末(ばっ)子(ち)娘、「おどっつぁま、飯食(まんまけ)え」「食ね」て言うたら、「何んで食ねごんだ」「食だぐないもの」
「何そがえに泣き面(つら)かいでいっこんだ」
「おれ、猿と約束して、あんまり田の水干(ひ)ってむごさいようだから、稲むごさいようだと思って、水掛けて呉れる人あったら、娘呉っでもええて言うたもんだから、猿掛けて来て、猿にせめられっから、誰か嫁に行って来(く)んねど、おれせめられっから、ほだから、おら泣いっだんだ」
 て言うたば、
「よしよし、おれ嫁(い)んから、じっちゃなど泣かせるものあっどきは、猿のおかたでも狸のおかたにでも、おれ嫁(い)って呉(け)っから」
 て言うたって。そしたら喜んで、じじ起きて飯三杯も食ったって。ほしてこんどは居たら、猿、髪など結って、立派にして貰いに来たじもの。
「あまりええから、おれ行んから」
 て、猿に連(つ)っで行がっで、山さ行ったば、笹葉で小屋なの掛けていだっけど。ほしたらこんど、「餅搗くか」て言うたど。
「お節句だぜはぁ、餅搗くのか」「餅搗っこで」「米あっか」「ある、餅搗くなだ」
「ほうか、んじゃまず、餅でも食って、御祝儀しないうちは、おかちゃんにならんねもんだからな」
 て教えだど。
「まず立派にして御祝儀してもらわんなねごで」
「ほだごで、来てもらてだばりでもええ」
 て、猿、馬鹿で言うたじも。
「あまりええ、餅搗くべな」
「おら、恐(おか)なくて餅なの搗かんねから、お前一人で搗け」
「あまりええ」
 餅搗いて、そしてこんど二人でいっぱい食ったど。
「お節句礼に行かんなねごで」
「ほだごで、お節句礼に行かんなねごで、なんぼ御祝儀しないったて、お節句礼に行かんなねごで」
 猿ええ気になって、調子さのって言うたって。ほうすっど、
「何餅もって行ったらええがんべ」
「何餅もって行ったらええんだかな」
「重箱さ入っで持って行んかはぁ」
「重箱さなの入れっど食ねさ、おらえのおどっつぁ、重箱くさいって言うもんで」
「納豆餅か」「納豆くさいて食ねさ」
「小豆餅か」「小豆くさいて言うも」
「お汁餅か、ほんじゃ」「お汁餅など大嫌いだ、お汁くさいって食ねぜ」
「めんどうなおどっつぁだな、ほんじゃどうしたらええがんべな。んじゃいっそうのこと、鍋がらみ持って行んかはぁ」
「鍋くさいて言うぜ」
「こら困った、ほに。ほつけめんどうくさいおどっつぁか」
「臼がらみだど喜ぶさ」
 て言うたど。
「臼がらみ背負わんなねのか」
「んだごで」
 背負ったど。
「男だもの、がってにしていらんねごで」
 て言うたど。男なもんで猿背負ったど。ほしたらひょこひょこと背負って、ずうっと来たれば、川っぷちに節句なもんだから、桜の花満開に咲いっだずも。
「あららら、あの桜の花とって行ったらなぁ、なんぼおらえのおどっつぁ、花好きで、なんぼ喜ぶかしんねぇなぁ」
 て言うたら、
「ほんじゃ、取っから。どっこいしょのしょ」
 て、休んだずも。
「あららら、土くさいて食ねぜさぁ、そさなど休むど」
 て言うど、
「何だ、臼さ入ったぜ」「臼さ入っていだって、土くさいて言うから駄目だ」
「ほんじゃ、背負って登んなねなか」「ほだごで」「あららら…」
 猿など困ったげんども、
「お松、そういうごんでは、おれ背負って登っこで」
 て、泣き面かいて登ったど。ほうしたら岩くらいの川ぷち登って、桜の木さ登ったど。
「ここらか、お松」
 て、ちいと登って手かけたど。
「駄目だ、美しくないもの」
 ぴたりぴたりと登って、
「ここらか」「そこら分(わか)んね、ばらっとしてんもの」
「ほんじゃ、どこええごど」
 そのうちにプルプル、プルプルと猿ふるげっじも。恐っかなくて臼背負ってだもんで、
「いまちいと天井、そこらんどこええべ」
「ここらか」「いまちいと天井」「ここらか」「いまちいと天井」
 しんぽえの、なんぼ猿木登り上手だて、ぽきんていうけぁ、折(おだ)っでしまったど。臼背負ったまんま、ザボンと川さ入ったって。そしたらこんど、なんぼ猿くやしがったがよ、
  さるさんざんの命おしくない
   あとに残りし お松恋しい
 て、流っで行ったど。  ほだから、猿は猿で縁組みして、人さまの娘欲しいなて言わねもんだて。どろびん。

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