6 わらじ作りむかしむかし、何でも競争ていうのあって、一人前ていうど、たとえば素わらじ、ツマゴのかかってないわらじだど、十足。普通のツマゴかかった牛ひきわらじ ― 牛に上がらったりすっど怪我するもんだから、ツマゴのかかったわらじを牛ひきわらじていうた。それはツマゴかかっていっがら五足どかて、大体一人前の仕事あった。ところが、五足作って一丁前のわらじを、楢下に、六十足も作る人がいた。ところが生居に二十足作る人がいだった。いつとなく二人は自慢になって、 「お前なんか、おれの半分も作れない、んねが」 「いや、半分作れないげんど、お前は上山さ行ぐのに五足も背負うでないか、途中で切れて、履き替えらんなね。おれは上山まで行ってくるに、一足で間に合うぞ」 なていうことで、ほれ、論判になった。 「いや、こんなことあるもんでない」 というわけで、おさまりつかねぐなって、賭に及んだど。そして、んだらばわらじ履いで、笹やぶ、のぼりくだり漕ぐべということになったど。刈株 ほしたら、三回ばりのぼったらば、生居の人ぁ、 「あっいたた、刈株ふだでてしまった。いたたた……」 て言うたって。ところが楢下の六十足はゆうゆうと、のぼりくだり歩くって。 んだらば、どうして作ることもさることながら、刈株もふだでねわらじを作っかったかていうど、わらじ作りに伝授があるんでなくて、歩き方に伝授があったど。生居の人はちゃんちゃんと歩調とって歩いたのに、楢下の人は、土こすりこすり歩いたもんだから、刺さる余裕がなかったど。その人はやっぱりわらじ作りも、マブシ作りみたいに速がったていうんだな。音がチャンチャンするぐらい上手で速がったど。ほして、速がったばかりでなく、そのぐらいの人なもんだから、歩き方まで、何から何まで注意していた人だったど。どんぴんからりん、すっからりん。 |
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