32 石猿むかし、石の大きな山さ、何丈とある 石が立ってて、三丈七尺もある大石ぁ 立っていだったそうだ。そうしたところ が、そこの石、だんだんに腹が横に太く なるところ分るようだったど。その石はお天道さまなの、お月さまの 露なの吸って育(おが)って、腹に何か入ってい たらしいような石だったど。そしてある とき、石は割っで、腹から大きな石玉落 ちて来て、その石玉はコロンコロンコロ ン、ぶっつかるに従って、こんどは石は 割れて、中から猿出てきたごんだけど。 それを石猿というど。 そのうちから出きた猿は、 「いやいや、世の中なんて明るくて、と んなどこさ出きたもんだ。ほんでおれぁ 水呑みたくなったな」 谷さ行って水呑もうとしたところぁ、 見たことのないいろいろなものに行き 会って、友達になって、 「おれ、頂上さ登ってみっか」 と思って頂上さ登って行ってみたら、 いっぱい猿ぁいたっけど。そこさ行って 仲間にしてもらって遊んでいたところが、 温かい夏の日に、 「下に、水あっから、そこで遊んだらえ えんねが」 と、水浴びに来たそうだ。そうしたと ころぁ、何だか音ぁすると思って、 「その音ぁするどさ行ってみろ」 というもんで、行ったら、ドウドウド ウと落ちる滝、どっから落ちて来る見た 方がええと思って登って行ってみたば、 滝の続きで、涼しいことなんて、そこで 休んで、そして下見たところぁ、やっぱ し深いような洞穴だ。 「そこさ入って行ったのは、王様にすん べ」 どて、年寄の猿はいったそうだ。そし たば誰も入って行くべという者、いな かったそうだ。その石猿ばり、自分で ざぁっと入って行ったところが、皆々魂 消て、眼(まなぐ)キロキロとして見て、 「何として、あれは。生きてなの来らん ねごで。よくあげなどこさ入ったもんだ」 と、まず皆いだったどころが、眼ひっ つぶってクランクランとして見えっけげ んど、後見えなくなった。その中さ石猿ぁ 入って行ったところぁ、岩さぶっつかっ て、そのかげぁ、水ぁなかったそうだも な。 そこさ行って立ってみたところぁ、そ がえなどこさ立った。そうしたところぁ、 まず底に金の橋なの掛っていたそうだ。 そしたば、そこに仙人でも巣喰っていた とこであんめえかなと思って、行ってみ たところが、洞穴みたいなのある。そこ さ入って行ってみたれば、広いどこあっ けど。そこに飯なの、何か食うものなの、 いろいろなもの、茶碗のようなものある。 誰がいたかと、グルングルンと、その広 いとこ見たげんど誰もいね。隅見たとこ ろぁ、何か水みたいなものあると思って、 舐めてみたれば、とてもうまい酒だけど。 その酒を飲んで、まずゆっくり一眠りし たところが、いつまで居だたて大将にな らんねがら、行かんなねべなとて、また そこから上って来て、滝のとこさ来たら、 ずうっと上の方さあがったけど。 「おお、来た」 というもんで、みなに魂消らっで、こ ういう風などこだっけ、というたら、 「行ってみられっどこだし、行ってみろ」 と、みな落ちてって、そしてみな荒し てはぁ、誰もいないから、ここにいて、 どこさか行ったもんだかもしんねえから、 みな持って行く、なんて欲深い猿言うな だけずぁ、 「決してそげなことしねえべ」 なて石猿にいわっで、 「酒ばり、何して拵(こしや)ったもんだか」 蔓なの入っていたけどし、 「ほんじゃ、こげな蔓なのあるから、水 さ入れっど酒になるべ」 なて。そして自分方も酒いっぱい造っ て飲んで、 「おれぁ、王様はオレだ」 「ほだほだ、王様にする」 みんなに囃さっで王様に。自分はまだ 足りなかったので、考えた。 「何して石猿考えっだ?」 手長猿ぁ、背中丸くして前さ来て、 「おれぁ死にたくない。死なない法はな いもんだべか」 というたところが、 「死なない?生きっだものは、みんな死 なんなねもんだと俺ぁ思う」 と、年取った猿ぁいうごんだけど。そ して、 「仏様と神様と仙人ばりだべなぁ」 「ほんじゃ、おれぁ仙人になりたい。あ そこは仙人がいだんだったべ。この海 渡って、筏さでものってみんべ」 と思って、王様は仙人になるちゅうも んで、みんなで筏を組んで呉(く)っじゃりし て、海から筏にのって行って、ある島に 上ったところ、見たこともない人、雑魚 なの持(たが)った漁師、海端にいっぱい居だっ たど。そしてあっちでも魂消(たまげ)、こっちで も魂消(たまげ)、そして今度ぁこっちでは着物と いうものだから、そいつ着ないと分んね な、猿など見たもんだから、みな走って 逃げる。そのうちに転んだものから着物 をとって、自分が着て騒いでみたげんど、 仙人がいたようなどこないがったど。町 なもんだから。それから今度ぁ、またぐ るっと見て、 「山さ行かねば仙人が住んでいない」 と思って、仙人になるには、こげな開 けたところでは分んねからと、また筏さ のって別な方面さ行ったば、そこには人 もいないし、山ばりのどこだ。ここだか も知んねえし、仙人なんというの住んで る山だと思って登ってみたらば、全くそ こに門なのあって、そこに番人なのいて、 そこで、 「おれぁ、こういう者だから、仙人の住 んでいたとこさ来たいと思って来たどこ だ」 と、番人どこに話したところぁ、 「ここを通れ」 といわっで、その通りに行ったらば、 「仙人になるには、学問も入るし、修行 もしなくてなんね、されっか」 「される」 と。まず学問をしたり、そこでちょっ と考えたげんど、取れるまで十年ばりい だった。そしてこんどは仙人に、 「どうかおれに術教えて呉(く)ろ」 と言わっで、頭を三つ叩がっで、後ろ 手、こういう風に背負わせらっで、そし て仙人が何処となくいなくなって…。 「はぁ、これが…」 賢い猿なもんだから、後ろ手にまかっ だのは、後ろさ来いというのだな。頭叩 かっだのは、三つの刻のことだなと思っ て、後ろさ廻ってみたらば後ろさ仙人が いて、待ちていだっけど。そこさ行った ところが、棒預けらっで、飛ぶ術など、 いろいろな化ける術なの教えらっで帰っ て来たど。したらば、 「貴様、仙人さまどこさ行って来たか、 何を憶えて来た」 「おれぁ、木になるようでも、空を飛ぶ ようでも憶えてきた」 「ほんじゃらば、松の木になってみろ」 五本の指みんな松の枝にして、みんな ヤァヤァと、 「何音たてて、ころましくしったとこだ」 と、また仙人が現われたから、こうい う風な事情きいてきたど。猿ぁいうから、 まず、 「寝言だとて、みんな集まっていたどこ だ」 「そんなこと気になるようなごんでは、 ここさ置かんねから、帰れ」 といわっで、 「いま少し置いてもらいたい」 というども、慣れたとこ置かんねとい わっだもんだから、泣き泣き飛ぶ術おぼ えたから、その海をとんで元のところへ 行ったので、みな喜んで、 「帰ったか、帰ったか」 といわっで、その術を憶えたって。 |
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