1 チリと杢蔵

 山ン中に、二人友達、この友達の名は チリと杢蔵と名付(つ)ったのな。 その男は、
「山ン中に、おらだこがえ働いてばりい だって、ねっから分んね。こりゃ、どこ さか広いどこさ行ったらええんねが」
 と相談して、旅立って、ずうっと行っ たところぁ、見たこともない町さ行って、 おらだ奉公に入るところない。町はずれ さ行って、茶屋さ腰かけて、まず団子な の食って、
「ここらに、おらだ奉公なのして、使っ てもらうようなどこ、なかんべが」
 と言うたところが、
「ありどもありども、このずっと向うさ 行って、左さ入って行くじど、大きな家 あるどころなんだれば、何人でも使って 呉れる」
 ということを、このおかみさんに聞い て、喜んで行ったところが、町はずれに 道、やっぱし左手さ入って行くところさ 行ったところが、大きな屋敷の、門なの ある家さしずしずと入って行ったわけだ。
そして、
「今日わ」
 というたれば、「上がれ」と言わっで上 る。台所で、
「おらだ方(ほう)こうしたいと思ったげんど、 奉公に使っておくやるどこ無いくていた ところぁ、どっから聞いて来たどこだか ら、使ってもらいたい」
「あまりええ、ほんじゃ上がれ」
 と言わっで、まず上がって、飯など御 馳走になって、
「屋敷掃除してもらいたいなぁ」
 と。そして屋敷掃除、二人でして、
「ええどこもあるもんだなぁ、山ン中な んて居(い)っじど、こんがえなどこ見られる もんでなかった。いや、出はって来てよ かったなぁ」
 なんて語っているうちに、娘が屋敷廻 りに来た。いや、ええ娘、見たこともな い娘、こがえにええ娘だもんだなんて、 二人で魂消て、
「一服すっか、まず、娘見て」
 なんて、二人で腰掛て一服して、チリ は言うには、
「おらぁ、あの娘見て一生ここで掃除し てだってええなぁ」
 と言うたところが、杢蔵は、
「おらぁ、聟になっだい」
 と言うたそうだ。
「聟になどなられるもんであんまえちゃ え」
 なて、二人でいたところが、そのこと を聞きつけらっで、
「チリと、杢蔵来い」
「なあに、おらだあがえな話しては、こ こさ置かんねから行げと言うであんまえ が」
 なて、まず恐るおそる行ったらば、
「なに話した」
 と言うたらば、
「こういう話した」
 と語んねでいらんねんだし、語ったそ うだ。そうしたところが、
「んじゃ、お前、いつまでだってええか ら掃除してて、あまりええ」
 と言わっだど。
「そうだな」
 と考えて、何を書くもんだかと思った ところが、筆と硯の墨すってその娘は書 いたそうだ。
  手より高く咲く花に
   何とて杢蔵は心かけたやら
 と、こういう風に歌詠まっだ。そうすっ ど、考えっだけぁ、
  手より高く咲く花も
   散りれば杢蔵の下になるらん
 と、返し言葉やったど。そうすっじど、 何とも仕様なくて、
「ほんじゃ、娘言ったものを、これくら いな返し言葉書くには、聟にする」
 と、こういう風に言わっで、そして今 度聟に行く段となって、髪結ってもらっ て、紋付き着せてもらったら、とてもえ え、品のええ、そこさ坐るような聟になっ たというごんだも。ほだから、望みざぁ 大きく持たんなねど。
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