69 長右ヱ門の化猫露藤村古寺場清水に長右ヱ門という家があった。古寺場を中心として、あの辺には五・七軒の住宅があった。呼んで平蔵在家といった。そのうちに長右ヱ門という家があった。農を業としていたが、家族は夫婦二人っきり、主人は死去すると妻はただ一人寂しく残った。子どもとて二人の仲になかったので、赤猫を子どものようにして飼っておった。猫もまたよく妻になついて少しでもかたわらを離れない。こうして二十幾年をすぎて、安永二年のこと、その頃は宝岳寺は古寺場にあった。その年の春の一日のこと、地節語りは寺へ泊って、その夜は地節語りがあるので、使をうけた。長右ヱ門さん宅へも使い来た。女一人とて聞きに行く気にならなかった。丁度そのとき、炉辺に赤猫がおったので、頭をなでなで、「これ赤よ、寺に地節があるとのこと、おれは行かないから、お前行って聞いてこい」 というと、「にゃご」と一声、炉辺をはなれてどこかへ行ってしまった。猫もいなくなったので、一人寝をして炉辺に来てみると赤がもどっている。「夕べはお寺に行って地節を聞いて来たのか」というと、不思議にも赤猫は地節を人が語るように語るのだった。これを聞いて腰を抜かさんばかりに驚き、やっと気を落ちつけて猫に言った。「赤よ、お前も化けものになった、もうおれは飼えないからどこへでも行け」と言うと、猫は一声「にゃご」といっていなくなった。それっきりもどって来なかった。今でも赤猫を飼うと化けるから、飼うものでないという。長右ヱ門家はその後絶えてしまった。 |
(露藤) |
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