60 太一さん狐に魅せらる

 露藤村に太一さんという者がおった。同字小佐家の親族の法要に招かれて、元より好きな酒とて十二分の馳走をうけ、帰途についたのは、夜も大分更けてからであった。そして片手に馳走の包み、片手に提灯さげて、今しも通りかかったのは雷神社の付近、どうしたことか、何者かに突当るような気配がしてならない。どうしたはずみか提灯が消えてしまった。目の前は真暗、今度は道を間違ったか行けども行けども人家がない。萱野へ入ってしまった。木立など茂ってどこへやら分らない。太一さんは先ほどの酔もさめてしまって、てっきり狐奴に化かされたに相違ないと、道の傍にどっかと腰を下ろして煙草をふかしたところ、夢からさめたような。道を間違えて南の萱野にいたという。包みと見れば、いずれに落したか跡形もなかった。翌日このあたりと思って見れば、一面狐の毛であったという。
(露藤)
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