110 佐兵次の逸話
上長井笹野は有名な笹野観音の鎮座で名高いところ、西は屏風を立てたような笹野山、前は田圃広けたところ。また畑も沢山あるので、昔から煙草を作り、煙草の産物として名高い。この笹野に強欲な親爺があった。土地も沢山所有し、笹野では屈指の地主であった。この親爺、小作米は高くとる奉公人は酷に使うというので、人々は毛虫のようにきらっていた。この家でも沢山の人を使って煙草を作っていた。この煙草が成長するにつれて害虫が発生する。連日沢山の虫をとっても、とっても発生する。この害虫のため少しでも怠ると、せっかくの苦心も水の泡になる、で虫とりの時期がくると、朝から夕方まで、せっせと取っても取りきれない。丁度佐兵次さんが笹野へやって来た。そうかそういう家なら、少しの間手伝って行こう、早速その家へとやって来た。手不足で困っていた時のこととて、「佐兵次さん、よくやって来て呉れた。では御馳走は今にするから、まず煙草畑へ行ってくれ」、はいと二つ返事で、煙草畑へ行く。虫をとるかと思いの外、煙草畑のところへ蓑を敷いて一寝入り、そして昼になったのでノコノコやって来る。午後からも同じ夏の日、カンカンと照りつける日も西山へ入る頃家へやって来る。喜んだのはこの家の主人、「よくとって呉れた、疲れたろうから一つやって呉れ」と酒を出す。酔が廻ってくるにつれ、主人は「どうだ、佐兵次さんや、虫をいくらとってくれたかね」と聞けば、平気な佐兵次、「旦那さんや、煙草畑へ行って寝てきたよ」。むっつりした主人「どうしたえ、虫とってくれなかったかえ」「何、旦那さんは煙草畑へ行ってくれと言うので行ってだけは来たが、寝ながら虫の上り下り、中々面白かったよ」と。あいた口がふさがらない。「では、佐兵次さんや、この虫を川原に投げてきてくれ」と。傍を見れば、朝から五六人の若衆がとった虫は、はけごに山のよう、それを小脇にかかえて川原へと行く。そしてはけごのまま川へと投げ入れてしまった。帰って右の話を主人にすると、再び開いた口はふさがらなかった。
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