44 化物寺

 むかし、上山藩さ奥山勘太夫ていう、代々襲名している武芸者いだんだけど。これは武芸百般に通じて、柔術・剣術・馬術・兵法何でも人一倍上手で、 そしてお殿さまの指南番をつとめた人なんだけど。
 ところがその人の息子が、これはシビタレで、小心者で、何とも手の施しようがない。いろいろな手を施してみたげんども、何とも仕様ない。んで、
「こんなもの、家の後継者(あととり)にするわけに行かない」
 て言うわけで、若い者を付添わせて、橋の上からぶち投げっど思ってはぁ、ずうっと行って橋から投げてしまうと思って、ほしていたところが、 ひょっとそこさ、おかしな者来たけぁ、その川さ投げられっどこば、負(う)ぶって、ずうっと葉山の方さ負(う)ぶって行ってしまったど。  ところがその息子、すばらしい古寺みたいなところさ行った。腹減って腹減って何とも仕様ない。見たれば戸棚ある。 そおっと戸棚あけてみたれば、牡丹餅やら何やらうまいものが、ちゃんと戸棚さ、湯気(いき)ぽぉぽぉて温かいものが入っておった。
「はぁ、こりゃええがった」
 て思って、はいつ食(く)った。食い終ったか食い終らねか、出て来たのは、一つ目小僧、 はいつ、ほこらに何かないかと思っていたれば棒切れ持(たが)って、その一つ目小僧と戦った。さんざん戦って退散させてやった。
「やぁやぁ、また腹減った」
 そして、そちこち、あざいてみっど、ちゃんと料理出てる。またはいつ食(く)った。 食ったか食ねか、あの料理食たなていうど、今度ぁ二つ目小僧だ。ほら何だ。て化物、次から次へと出てくる。 あぁ、天狗さま、烏天狗、雀天狗。毎日それが日課、ほして、とうとう幾星霜の年月が過ぎて、指折り数えて三年三月になってしまった。 ほして、その子どももすでに元服をすぎておった。なんた化物出てきても腕に自信がついて恐(おか)なくない。
「よし、こんど、ほだらば城下さ行って試してみんべ」
 こういうわけで、その奥山勘太夫の道場の門叩いたわけだ。見たれば髭はぼうぼう、顔見たれば、ちょうど七年味噌、八年味噌も蓄わえっだ味噌コガみたい、 パカパカ垢剥(はが)れるような顔しった。ほしてまず、行って、
「お願い申そう」
 ていうわけで、そこの指南番、おっつぁんと向かい合ったわけだ。ところが、その構え見て、親父は何とも隙がない。竹刀をばったり置いて手ついて、
「やぁ、まいりました。もうこれまでだ」
 て、切腹の準備にとりかかった。ところがその子どもは、
「いやいや、実は三年三月前、川原さ捨てられかけた、あなたの息子だ。山さ行って修業してようやく一人前になって来た」
 ほうしたれば、その親の喜びよう、腹切って果てんなねと思ったのが、自分ば敗かしたのが、あのシビタレの、あの小心者の息子だった。こういうわけで、
「ほれほれ、んだらばまず、髭剃って、髪結って、お湯さでも入って、まず」
 て、バカバカその垢落して、ほしてお湯さ入ってみたれば、まず親父似のすばらしい好青年になった。 ほしてめでたく奥山勘太夫の跡目相続をしたという、むかしとんとんでございます。

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