42 山の神の遠眼鏡

 むかしとんとんあったずま。
 あるところに吾平さんていう炭焼きしった人いだんだけど。ところがその吾平さんの奥さんが仲々の発展家で、吾平さんが炭焼き行ってる間に、 隣のおっつぁんば寄せて、ほして毎日刺身買ったり、何かしてうまいもの買って来て、酒のみはじめんのだけど。吾平さんがなんぼ本気になって炭焼いても、
「まだ銭足んね。まだない。おかしいこともあるもんだな。なしてこだい銭足んねべ」
 て思って、かねがね考えていだんだけど。したればある人が、
「おお、君、炭焼きが大事だか、家庭が大事だか」
 て、馬鹿にさっだんだど。
「なしてや」
「なしてなて、君、銭なてあるわけないっだな、そおっと見てみろ」
 て言うたんだど。んで、炭焼き行くふりして、そろそろと家の屋根裏さ上がって行って、ほして見っだんだど。 ほしたれば、いつもの通り隣のおっつぁんが来て、ほうしたれば大した待遇する。
「あぁ、ござっしゃい。はぁ、なんだ」
 て、ほら蛸(たこ)の刺身買ってくる、ほら酒買ってくる。ほしてアハハオホホて、二人ぁ飲んでる。はいつ見っだけぁ、
「ははぁ、こん畜生、おればり稼がせて、ほしてこだいして遊んでるざぁ、とんでもないかかだ。 待てよ、んだげんど今短気おこして出してしまうど、後妻(かか)もらうにも大変だ。まず何とかええ工面ないべかなぁ」
 て、その吾平さんが考えだんだど。
「ん、よし、ええことある。ええこと考え付いた」
 ほして夕方になって、クラクラかけて屋根裏から降っで、山から稼(かせ)んだようなふりして帰ってきた。
「ああ、かか、かか。今日は特別くたびっだ。何かうまいもの御馳走すろ、まず」
「うまいものなて、炭一俵や二俵焼いて来たたて、何にも買わんにゃえっだな」
「ほだごどないべな」
「ほだっだな。炭一俵なの、米買ったり醤油買ったりすっど、後ないっだなはぁ」
「ほうか、いや実はな、かか、今日山の神さまから十里四方見える眼鏡もらったんだ。お前は働き者だし、お前みたい真面目ないねがらて、ほの眼鏡かけっど、世の中十里四方見える。何しったか、かにしったかすぱっと分かる。んだからこそ、おれぁうまいもの食(く)だいていうたなだ。いや、お前どこ、そこさ行って酒買ってきた。蛸の刺身買って来たどれ、酒の残りだて、つうとあんな見えだんだぜ。おれ山から…」
 したれば、かか、ぶっ魂消てしまった。
「いやいや、悪(わ)れごとした。悪(わ)れごとした。まず今度から悪れごとしねから、何とか勘弁して呉(け)らっしゃい。勘弁して呉らっしゃい」
「しねか、今度から」
「今度から悪れことしねはぁ」
「ほうか、んだら仕方ない」
 ほして、次の日、また稼ぎ行くふりして屋根裏さ、ひょこっと上がった。したればいつもの通り隣のおっつぁんが遊びに来た。こんどは刺身も出さね。
「なんだまず、いきなり変ったもんだなぁ」
 傍さ行ぐど、なえったて寄せつけね。
「ほだな話ざぁ、あんまい」
「ほだな話も、こだな話もない」
 なえったて傍さも行かんない。話もろくにしねえで、あさっての方向いだはぁ、何とも仕様なくて隣のおんつぁが行ってしまったはぁ、 ほして夕方になって、こそりこそりと山から炭背負ってきた。ほしたら、
「かか、かか、今日はあらいがったなぁ」
 ますます本気した。この話、村中さひろがった。
「吾平さまから、山の神さまから十里四方見える眼鏡もらったんだど。大した眼鏡なもんだね。何しったか皆分るんだず。十里四方は、いやいや、ええ眼鏡もらったもんだ」
 ほだいしているうちに、ある長者さま病気になって、日に日にやせ衰ろえて行く。
「なしてこだい、あれだか、一つ、十里四方見える吾平さんに見てもらわんなね」
 て、こういうわけでたのみ来た。吾平さんが嫌んだとも言わんねくて、
「ほんでは、お上り申すべ」
 ては言うたものの、困った。十里四方見えるどころか、一寸先見えねえ。本当どこは。ところが長者さまでは二丁の篭仕立ててよこした。 一丁さはお土産、ほして一丁さは吾平さんばのせて行った。なんぼ考えても、なぜしたらええか分んねくて、生恥(いきはじ)かくなで、 ここら辺で逃げっかはぁなぁて思って、川原前さ来て、ほして、
「ちょえっと、まことにあれだげんども、妙な話だげんども、大便出たくなったから、ちょえっと降ろして呉(け)らっしゃい」
 て、篭から降っで、ほして土手の陰さしゃがんだ。あたりほとり見て逃げる勘定だ。ところがコヤコヤて話声きこえるようだ。 おかしいと思って、ちょえっとほっちの方見たれば、狐と狸ぁ一生懸命になって相撲とってだ。 はいつ見っだれば、ほの狐は三度とって三度敗けた。へぇ、おかしいこともあるもんだ。ほうしたれば、狸言うには、
「狐君、狐君、なしてお前、ほだえ弱くなたんだや、いつもおれと相撲とっど、三べんのうち二度は勝うなだったべな。はいつ、三度負ける話ざぁ、どういうことだ」
「いやいや、狸君、実はな、おれはその力の半分は長者さとりついっだんだ。んだから長者が今病気して治らんねくていんなよ」
「なしてや」
「いや、実はおれ、子産して二匹子育でっだな、その上、地ならしして、ほさ倉立ててしまった。ほの子どもを何とか助けっだいばっかりに、おれぁ長者さ取り憑(つ)いっだのよ」
「はぁ、ほうか」
 はいつ聞いた吾平さんが、「よし分った、ほんでは」て言うわけで、がらがら篭さ戻ってきて、ほして、ほっから、
「ほっ、早篭で行って呉(け)ろ、事態は急を要する」
 こういうわけで。早篭に切りかえさせて、エッホ、エッホ、ヤッホ、ヤッホて走って行った。ほして長者さまの家さ行った。ほうすっど、サンギ、じゃらじゃら鳴らして、東の方向いたり、西の方向いたり、一応格好だけつけたら、
「時に長者どの、お宅では最近倉建てなすったな」
「はい」
「その倉、地ならしすっどき、何か変ったことないがったが」
「いや、別に変ったことないがったげんど…」
「いやいや、ほんでない、倉、地ならしすっどき、穴ないがったが」
「はぁ、穴みたいな二つ三つあった」
「うん、それだ。その穴ん中さ狐が閉じ込めらっでる。その倉、ぼこして(こわして)その狐助けねごとには、こっちの家の旦那の病気治んね」
 こういう風に言うたんだど。ほうすっど、ほれ、いきなり十里四方見える眼鏡持ったていうから、いきなり、ほの倉とりこわして掘ってみたれば、 やせてひょろひょろになった狐コ二匹出はって来たんだど。ほして、その狐コ助けてやってから、濡れ紙をはがすように、毎日毎日体ええぐなって治ったんだど。
 ところが、その話ぁパアッと城下まで聞えて、殿さまの耳さ入ったんだど。ほだいしているうちに、殿さまが将軍家から拝領した香炉、何者かに盗まっだ。 その香炉なくしたとなれば、お家断絶、お取りつぶしだ。これぁ困ったことはじまった。んだら吾平さんに来てもらう以外にないがんべ。 て言うわけで、また吾平さんどこさ早篭向けてよこした。これまた吾平さんが困った。困ったげんど十里四方見えるていう眼鏡もらったていうたから、何とも仕様ない。 ほしてほの早篭さのせらっで、お城の中さ入った。ほして、
「只今から、伺しますけれども、まず上酒(ざけ)、上肴(ざかな)で今晩御馳走してもらいたい」
 御馳走ふんだんに食って夜逃げするつもりだど。吾平さん。
「ほうか」
 て言うわけで、お殿さまではいろいろな山海珍味で御馳走した。
「さてさて、困った。いつ頃逃げたらええか、警護は厳しいべし、こりゃ逃げっどきには仲々大変だし、困ったことはじまった」
 と思って、夜も眠らんねくていたらば、その廊下でヒソヒソ話が聞える。したらほの泥棒が、
「いやいや、余(よ)の人ならばいざ知らず、吾平さんがのり込んで来てからは、とてもおらだ逃げ隠れする術(すべ)ないんだ。これぁ押えらっで打首は間違いない。 獄門、磔だ。悪(わ)れぐすれば一族郎党みな親類縁者もやられるんだ。こりゃ困ったこと始まったもんだ。何とかまず、こりゃ、吾平さんさお願いしてみたらどうだべ」
 て、ヒソヒソ、その泥棒だ語ったけど。ほうしたけぁ、襖スウーッと開いだ。えたりとばかり吾平さんが待ってで身構えしった。
「これこれ、その方ら何者だ」
「決してあやしい者(もん)ではありませんと言いだいところですが、実はこういうわけで、ほの香炉盗んだのがおらだだ。んだげんども、あなた様にここさのり込まっでからは何とも仕様ない。ほんでお願いに上がったんだげんども、何とかその香炉を持って来ますので、おらばだ罪にしないように取りはからってもらわんねべか」

「ああ、よろしい。お前だ罪にしないように取りはからってやっから、その香炉を松の木の下さ埋めておけ。そうすっどお前だの願い通り罪科(つみとが)は問わないことにお願いしてやっから、決して今度から、決してそういう風な大それたことはするもんでないぞ、ええか」
「はい、かしこまりました。決して今度から、一切泥棒やめますから、どうぞ生命だけはお助け下さい」
「よしよし、引受けた」
 そうして、次の朝げになった。そうすっど吾平さんがいきなり朝げ早く行って、井戸の水、頭からかぶって水垢離とった。 そして体清めて、サンギ高らかに持(たが)って、サンおきした。
「うん、これは松の木の下がくさい。松の木の下を静かに掘ってみなさい」
 て言うた。家来共がコシキベラで松の木の下ば掘ってみたら、やっぱりそのままそっくり香炉あったど。
「ああ、ええがった、ええがった。まず難なく事なくすんだ。お陰さまでお家断絶、お取りつぶしはなくてすんだ。何か一つ、御褒美お上げしっだいげんど、なぜしたらええがんべ」
「いや、おれは炭焼き風情で、何もほだなええものなて、貰いたいと思わね。何にもいらね。ただし罪科だけは問わないようにしてもらいたい」
 こういうことを殿さまさお願いしたれば、
「なくなったもの出はったんだから、悪い夢見た勘定してはぁ、罪科は絶対に問わない。何とかあなた、この藩の目明しになってもらいたい」
 そういうわけで、炭焼きから、一躍目明しになったんだど。ドンピンカラリン、スッカラリン。

(集成「嘘八卦」六三〇)
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