39 天狗岩むかしむかし、楢下の宿の中心部より東南の方に約一粁のところに、天狗岩という峨々(がが)たる岩があった。その沢には誰一人楢下では入らなかった。 楢下のちょうど近くではあるが、恐れられて「天狗岩」て言うていた。ある日、一人の喜平ていう木樵がそこさ行った。ところが斧も山刀も全部取り上げらっだ。 これは天狗さまのお怒りだというので、山刀と斧と金物(かなもの)みな取り上げらっだ。 何かこれから神罰あっかもしんないて、本当に恐れられだど。してその話がいつとなく上山の殿さまさ聞えた。 「ほだな馬鹿な話ない。何かこりゃ山賊か何かに相違ない」 ていうわけで、ある侍つかわしてそこさやったところが、その沢さ入って行ったら、大小ともにはぁ、ピョーンと取らっでしまって、残ったな鞘ばり。 これはいよいよもって、本当に天狗さまいだんだべ。 「ほだごとない」 「んだら、ボサーッとして行ったから天狗さまに抜がっだんだべ」 ある侍はこんど刀抜いで行った。ほしたらやっぱり刀引張らっで、ずるずる、ずるずる引張らっで、刀離してしまった。目にも止まらね早業で、その刀飛んで行った。 「不思議なこともあるもんだ」 ほして、それから誰一人行ぐないねぐなった。ところが勇気のある人ぁ、 「丸腰で行ったら取らんねべ、どうせ世の中、一度死んだら死ぬことないべ。そういう不思議などこさ、おれ行ってみっか」 ていうわけで、ほしてある侍が丸腰で行った。何の抵抗もなく行ったわけだ。ほしてずうっと行ってみたらば、峨々たる岩があって、 山さ入ってから半里(みち)ほど行ったところが、峨々たる岩場があった。ほして岩場さ行って見たところが、鍬、斧、山刀みな倒立していた。 「やっぱり誰言うとなく、楢下では天狗岩ていうげんども、やっぱり天狗さまいるんだべか」 いろいろその頃、江戸には蘭学を勉強しった人いると、今の言葉でいうなれば科学的にそれは割り切れないおかしいもんだというもんで、 参勤交代の折に、その蘭学の非常に勉強している人に、つぶさに申上げて聞いてみたんだど。 ところが岩石の中に磁鉄鉱というて、いわゆる磁石を含んで鉄分がある。そういう風に言わっできた。調べてみんべということになった。ところが楢下では、 「いや、何かたたりがあっかすんねがら、そいつだけ絶対しねでけろ」 ていう部落の希望であったわけだ。そうこうしてるうちに、ある日すばらしい雷鳴と共にそこさ雷さま落っだ。 その地鳴りと共に、石が相当くだけた。ほしてその雷さま落っでから、恐る恐る村人が行ってみたれば、今まで峻険だった天狗岩が、すでにお大黒さまのようになっていたけはぁ。 ニコニコ顔のお大黒さま、して現在、楢下部落では大黒岩と称している。前には天狗岩というた。 今では松の木が繁って、その全容見ることができないげんども、傍さ行ったらちょうど、お大黒さまのような顔になった。ドンピンカラリン、スッカラリン。 |
(集成「水蜘蛛」六六九) |
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