37 一雨成金

 むかしむかし、この宿に一人暮しの老人が何にも仕事しねで、呑気(のんき)に暮していたんだけど。
 部落の人は毎日毎日、朝げン早くから山に入って炭焼いたり、田畑耕(たがや)したりして暮していだげんども、ほの年寄の存在は不思議で不思議で仕様なかったんだど。 買物行っても懐(ふところ)から銭つまみ出して、気前よくパッパと買う。また金持たねで買物行っても、
「うん、一雨降ったら取りに来て呉(け)らっしゃいな」
 なて言うて帰って来るんだけど。ほして雨降った次の日銭もらいに行くど、いつでも約束どおり、ほの年寄りは、チャンチャンと銭払ってよこすんだけど。 ほして一雨降っど金持になるんだけど。
 ほの年寄の噂は村中町中ひろがって、ほして楢下の宿ではいろいろ詮索したんだけど。ほして、
「きっと、楢下の滝沢川のどこかに砂金が集まっどこがあるにちがいない。砂金の寄り場さえ見つけっど、あのじんつぁみたい、 一日汗水流して稼がねったて、はいつ売って、あのじんつぁみたい呑気に暮せるわけだ」
 て。ほして楢下の人は代るがわる年寄りのどこさ行って、
「じんつぁ、じんつぁ、砂金ざぁ、どこらさ寄るもんだい。砂金の寄っどこあんの、んねが。雨降っど、なぜなって、砂金ざぁ集まるもんだ」
 なて聞いても、絶対口割らねんだど。知(し)しゃねふりして、空吹いてニコニコて笑っているきりだったど。んだげんど、その年寄の評判は悪くなって行って、
「あの欲ふかじんじ、誰さも教えね」
 なて陰口いう人もいだんだけど。んでもその年寄は相変らず一雨成金の生活続けていだんだけど。ほして村人に砂金のありか分らんねので、呑気に暮していだんだけど。
 ところが、なんぼじんつぁだて、寄る年波と病気にぁ勝てねぐなった時期きてしまったんだけどはぁ。
 ほしてある冬、重い病気にとりつかっで、いよいよ死ぬ間際になって、二声三声、
「オオビナタ山のヘダマのダン。オオビナタ山のヘダマのダン」
 て、かすかに叫んで息引取ってしまったんだど。ほして、ほいつ聞いた人は村中さはやしたんだど。自分ばり行けばええどこ、まず村中さはやしてしまったんだど。
「いやいや、川だとばっかり思ってた。滝沢だとばり思ってだれば、とんでもない。オオビナタ山のヘダマのダンなて、初めて聞いた。 きっとオオビナタ山にある壇だ。あそこにあるに相違ない」
 ほして、みな篩(ふるい)だの、サブロだの持(たが)ってオオビナタ山の陽だまりのええどこだべと、何日も何日も篩にかけたりして見たんだど。 炭焼きするのもぶん投げて、田仕事もみなぶつ投げて砂金さえ探すど楽に暮すいからて、みな行って、土掘って篩さかけてみたんだど。 なんぼしてもない。みんなくたびってはぁ、地べたさ座ってしまったんだどはぁ。 ほして下の方の部落さ帰ってみたれば、平和に静まり返って、ほして自分だの部落のきれいなのに、はっと心打だっで、
「いやいや、こだな当(あ)てなんね金探すよりも、今までの毎日の炭焼きやら、田仕事、お蚕(こ)さま仕事さ一生懸命なっど、暮すいがら、山ほじくりなどすっことないべなはぁ」
 て、みんな話したんだど。ほして、
「はっじぇげだな、ヘダマのダンとか何とか意味もないもんだ」
 て。こういうわけで、みんな金掘りやめてしまったけど。ほして今までの仕事さ精出すようになったけど。ドンピンカラリン、スッカラリン。
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