33 七福神

 七福神ざぁいだったと。そして七福神ざぁ、お大黒様から、お恵比須様・福禄壽から壽老人・毘沙門天・布袋和尚・弁財天というものだったと。そして一体何をしておったかというと、お大黒様というのは 〝稼ぎに追付く貧乏なし″なんて一生懸命で斧もってたり、山刀もったり、七つ道具もって、手もきく者で、たんと稼いだ人だと。
 恵比須三郎というのは、工面者で、
「おらだ、米ばり食って生きていらんなねなんて言うと中々大変だから…」
 と、浜辺さ行って見っだど。そしたら他人など見たことないもんだから、雑魚はいっぱい浜辺さ寄って来て、岡までも上って来たと。そしてお恵比須様も初めて見たもんだから、一番の美しい美味なものを、
「こいつ、俺は食ったら、死んだってええ、物は試し」
 と、赤い鯛一匹とって食ってみたと。そしたば、すばらしく美味なもんだから、みんなさも、鯛の食いようを教えたんだと。んだから、お恵比須様は鯛を持っているんだと。
 それから、福禄壽というのはな、稼いでとることもええげんども、出すことも考えて、いつでも帳面つけて、なんぼ銭入って、なんぼ銭出たかなんて調べていんのだったと。一家の身上持ちすんには、そうしんなねど。
 壽老人というのは、頭の長いようなじんつぁいるべぁ。あいつは稼いだって工面したって、金貯めだって、体丈夫でなくては分んないとて、体ばりうんと丈夫なばり気付けて、衛生の神様みたいなもんだっけと。うんと長生きした人だったと。
 毘沙門天様ざぁ、おかしない恰好して、侍みたいな恰好しているのは、稼いだて、工面したて外から攻めらっでは分んねがら、今だと兵隊みたいな巡査みたいな。外から来る者を追出す為にいるのだと。
 布袋和尚というのは、唯そげなことばり考えだて駄目だから、物は大切にして、そこら歩ってみて、ワラジ片方落ちでっど、『まだこいつは履れんなだ』と袋さ入っで歩って、瓜の皮など落っでっど、『そいつもまだ食えば食れる』と懐さ入れっかったと。んだから腹はふくれている。また困った人さは懐から出して呉れるもんだから、懐はいつでもぶわぶわしているんだと。
 弁財天は、みんな稼いだり、マメだりはええげんども、家の中は和合でないと分んねもんだから、じんつぁと息子と孫と、みんな仲よくして稼がれるだけ稼がねでは、一家というものは持てないもんだ。あいつはとにかく、丁度みんなの機嫌とりみたいにして、稼がせたもんだと。んだからみんなだ女の恰好に描ないど、具合わるいもんだから女の恰好になど描いでいるげんども、本当は元は男だったと。
 やっぱり七福神というのは、こういう人みんなそろっていて世の中は持っていがんなねもんだけと。どーびんと。

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