2 下山(しもやま)の化物石

 川下(しも)に、むかし苗字帯刀御免の人で、安部伊右ェ門という人がいたったと。その人が金持でもあるもんだから、刀は相当ええの買っていたったと。そがえ立派な刀許さっで、こがいええのだから、何か切ってみたくて仕様なかったと。
 その頃下山の佐野原の境に関沢という沢ある。そこさは毎晩、夜の夜中、化物出っかったと。渋紙の化物なんていう、風もないのに、ゴワゴワという化物。ほだかと思うと大入道なんていう見上げらんなねほどの化物でたり、沢なもんだから、小豆とぎの化物など出っかったと。それからあんまり夜上りが遅かったりすると、迎えになど来る化物など、さまざまなものに化ける化物だったと。
 そんで、伊右ェ門は、その化物だれば切ったって罪科(とが)はないし、すっから、何とかして切ってお手柄すっだいと思っていたった。そして秋の日、丁度十七日に、
「俺は、今日は六観音詣りに行って来る」
「昼間から出て行って六観音というと、仏坂・関寺・杉沢・廣野かけて、五十川から森まで行って六観音だ。そがえに昼間から行って来られんめいちゃえ」
「いや、俺の考えは別だ。わざと遅くまでかけて行って来る勘定で行って来(く)んのだ」
 と、昼間から出かけて行った。そしてずっとお詣りして来て、荒砥さ来たとき、まだ夜の十二時しかなんねがった。茶屋で一杯呑んで、十二時すぎに来たと。
 旦那はおみつという下女を使っていたと。その下女は非常に気立てもええ下女なんで気に合っていたったと。そんでええ頃だと思って荒砥から一里も歩(あ)いで行ったら、おみつが迎えに来ったと。
「とっつぁま、随分くたびれやったべぁ、こがえ遅くなって、こがえ暗くなって…」
 そして伊右ェ門がしばらく見っだと。
「なえだって、かえだて、こがえ夜の夜中にたった一人で無提灯で迎えに来るのは、なんぼおみつが気立てええ女だって、これは奇態だな」
 と、一番先に思ったと。それから見っど、丁度目の前も見えぬほど暗い晩だげんども、髪の生え際はスカッーとして美しく、人形みたいだったと。着物を見っど、常に着ったでもないようなスカッと模様が見える。
「いや、こいつはおみつではないな」
 と、思って、試切りに抜いてぶった切ってしまったと。おみつは悲しい声を上げて、そこさ倒っでしまったと。
「化物だと思って殺しては見たげんども、おみつを切ったと思えば、何だか変だ」
 と、家さ大いそぎで来たと。そして来るより早く、
「今来たところだ、おみついたか」
 と言うたところ、おみつは「ハイ」と寝床から起きて、すぐ迎えに出たと。
「ほんとにおみつか」
 と聞いたら、
「おみつだっす」
 灯りをつけてみたら、おみつにさっぱり変りない。
「誰か俺を迎えに出たか」
 と言うたら、迎えに行った人いない。
「ほんじゃ、俺は化物退治して来た。松明つけて行ってみろ」
 と、家内中で松明つけて行ってみたところぁ、化物石の肩辺り小半分もぶった切って、横に倒っでたけと。下山の化物石だっけと。どーびんと。

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