33 うまいものむかし、ある旦那衆に一人息子いだったと。この息子はまずめんごいもんだから、毎日うまいもの珍らしいもの買って来て食せたり、そっちこっちのものインバイして(おだてて)持って来て呉(け)たりするもんで、後のかえり(その代り)何食っても、うまくないもんだから、「こいつはうまくないくて食んね」 ごんだの、 「こいつはないごんだれば御飯なの食(か)ねったてええ」 なんて言う我儘で、後で本当に困ったという。 そんで親父も考えたと、 「おらだだっても、年齢はとしだし、いつまで生きてる訳でもない、こんな子供を残して死んだでは、自分も世間も困るもんだべ」 そんでその息子は、秋山さ行くというのはうんと好きだったと。茸・あけび・ブドウも好き。そんで親父はこう言ったと。 「にしゃ、茸・あけびなど大好きだ。あしたの朝げ、おれと行くごんだらば、なにちょっとで取って来られっから、一緒にいったらええんねが…」 そしたら息子も喜んで行く気になったと。そして次の朝げこっ早く起きて、 「はぁ、歩(あ)えべ、ほんじゃ」 と、息子も勇んで行ったと。親父は考えて、 「こいつ、急に穫って家に帰ってはうまくない。何とかしてこれを腹減らかさなくてはなんね」 と思ったもんだから、 「どこまで行けば茸出っだもんだ」 「いや、ええ茸取るには、この山の陰の陰さ行かんなねなあ」 「ほだか」 と行ったというのだなあ。そしたらさっぱり出ていなかったと。こいつ出ていっど、そいつ取って背負って来んなねから、出てないとこ出てないとこと歩ったと。そして、 「おら、水のみたくなった」 「水?水はこのわけ越えて、向いの山の陰さ行かねと水はないな」 「そんじゃ、つれてあえべ」 と、そして行ってみたところが、ぺろっとクボタミはあっけんども、木の葉ばりでさっぱり水はないがったと。 「なえだ、水ないでか、…」 「こげなどさ来て、水なんていう人ないもんだから、前にはええ水あったんだげんど、みな木の葉で埋ってしまったんだごてはぁ、ほんじゃこの山の陰にだと、確かに水は出っだかと思うな」 「そんじゃ、そいつさつれてあえべ」 と言うもんだから、そいつさつれて行ったと。そして行ったところが、それもその通り、本当の井戸のあるところは知っていっけんども、わざとそうしてつれて行くのだから、そしたれば、 「あけびとブドウ実ってたとこ知ったか?」 「知った知った、ブドウだればこの山の陰をぐるっと廻って向うさ行くとええな実っていっこで。これだらば尻(けつ)かけて寝てても食(か)れるくらいなブドウだべ」 「んじゃ、そこさつれて歩(あ)いべ」 と、行ってみたところが、やっぱりこれもさっぱり実ってね。 「やっぱり鳥ぁ食ったんだが、今年は病気のせいで腐ってしまったんだか、実っていねな」 「はぁ、…」 腹もペコペコと減って来た。喉は乾いて来た。 「ほんじゃ、あけびの二つ三つも大きいのもいで食って…」 「あけびだればこの山の陰さ行くと確かに実っている」 と、廻り廻ってつれて行ったと。そして朝飯も食わないで、騒ぎも騒いだ。山のぼり谷降りしてはぁ、そんで晩方でお天道さまお入りくらいだったと。腹減って来たと。その息子は兎飼っていたったと。兎は葛葉好きだから、 「こりゃ、こりゃ、葛葉兎さ食せんな取ってったらええんねが」 「兎もむごさい、俺も腹減ったげんども…」 と、葛葉一背負いして家さ帰ったと。腹は減ったという、疲れた(こわい)という、喉は乾いたという、たまらねくなって帰ったと。その時、前もって自分のオカタさ言うて行ったのは、 「餅切りと豆煎り、お茶菓子、ここさ出しておけ、それから味噌汁など食ったことない野郎だから、味噌汁でっつり拵っておけ、息子さは、俺とお前食うの作ったんだと言え。にしゃのお飯(まま)はこれから炊いて、ええお飯(まま)食(か)せんべと思っていたんだと言え」 と、こう言ってあった。息子と親父は夜上りして来たと。 「いやいや、今日は山、一日さわいで空騒ぎして来た。葛葉だけとって来たほでに、兎だけは腹ほうず(一杯)だな」 そしたら息子は、 「オッカ、オッカ、何か食うものないか」 「何かと言うたて、俺とおとっつぁ食う味噌汁こさってたが、にしゃ食う御飯、これから新しく炊かんなねなだ」 「いや、味噌汁でも何でも食れるもんだど、何でもええから、早く持って来てけろ」 と言うて、炉端さ来っど豆煎りなんか、食ったこともないのビリビリ食って、味噌汁は鍋がらみ持って来てけろと言うて、ぺろっと食ったと。 「いやいや、こがえ美味いもの、生れてから初めて食った。親父言うように〈うまいものは腹減った時だ〉〈うまいものの食いつくし〉。やっぱりうまいものは腹減ったときだな」 と感心して、それから何でも食うようになったと。んだから、無闇に怒(ごしゃ)えて(えて)教えても分んねもんだけと。どーびんと。 |
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