12 豪傑中村様こいつは、元荒砥にいた侍だったと。位も低くはなかったと。同僚と参宮に行ったと。箱根山越っどき、宿を一足早く中村様が立って来たと。そしたば、後からドッドッと走って来た仲間いたったと。「なえだごんだ」 「いやいや、困ったことができた」 「なえだ、語ってみろ」 「いやいや、おらだの丁度先に三人ばりゴマノハエが出た」 「なに、ゴマノハエ?そいつはなんのことだ」 「そいつは、おらだの丁度前さわざと空財布落した。おらだそいつも知らないで拾ったごんだ。そしたら、ゴマノハエが、『財布拾わねがったが』『財布拾った』そしてゴマノハエは『そいつさ大判小判ざくざくと入っでだんだ。空財布ざぁない、貴様だ拾ったええげんど、中皆盗ってしまったんだ、こら。太い野郎だ』とゴマノハエ三人で、丈(なり)の大きい毛むくちゃれ野郎べらに、荒けで掛からっで、何とも困ったから、何とかして貰わんねが」 「うん、そんなもの雑作ない。んじゃ、先に行ってろ」 と、中村様は考えて、ゴマノハエどさ、行って、 「やいやい誰か、オレの財布拾った人いないかい」 「いや、ただ今拾ってこの人だにせめらっでいたとこだ」 「ほう、空財布か、こういう印伝のヒモ付きの財布だべぁ」 「ほだ」 「んじゃ、こいつぁ俺のだ。空財布なら確かに俺のだ。俺は銭など持(たが)って歩かない。ちゃんと背負ってしまってはぁ、空財布にして歩くのだ。空財布拾ってくれたのなら、お貰いして行く」 その財布を持って、 「さぁ、みんなも歩(あ)えべ」 ゴマノハエはあっけに取らっで、ポカエンとして、たかる気配もないがったと。んだから様々なことあるもんだと。度胸のええ人には度胸まけするもんだと。 その中村様が帰って来てから、米沢さ行って来る際、最上川のほとりの毛谷明神どこ通って行ったと。毛谷明神さは毎晩化物出っかったと。なじょな化物かと言うと、そこに大きな木あるもんだ。そいつから金紙みたいなヒラヒラして、そいつ眺めっど、女の首ばっかり、髪など一丈も二丈もずうっとたれて、首はケラケラと笑っていたと。そうすっど皆は魂消て腰抜けてはぁ、うまいもんでもお魚でもぺろっと、そこさぶん投げて行くがったと。それからまた、細脛(すね)の化物は皆一杯にふさがって、こっちの土手さ尻かけて、向いの土手さまで、細っこいイナゴみたいな細い足のべて、ケラケラと笑っていっかったと。みんな、此処、夜通る人ざぁ、いなくなったと。 中村様は米沢の帰り、 「いや、俺は暗闇かけて、わざとここ行ってみた。そしたらやっぱり化物など何だかも知らねで…。化物も、人来るなと、いたと。ああ、こいつはイタチの化物がこりゃ。こいつぁムジナの化物がこりゃ」 ぐいら、女の首ひっつかまえて風呂敷さ入っで細引でしばって背負って、お役屋将さ行って、 「いやいや、今日は大した御土産、こがえなもの背負って来た」 その頃は、化けの皮みな現われて、ムジナ一匹イタチ一匹になってしまっていたと。そいつを取って料理して食ってしまったと。 それぐらい中村様ざぁ、えらい人だったと。どーびんと。 |
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