39 小野小町

 小野小町ざァ、みんな「女の大事なもの持ってない」なんて言うげんど、本当は、つまらね男は嫌いで、偉い男が好きな女だったのだと。小野小町は、まいど、宮中さつかえて、唄詠みの先生でもあったし、文章家でもあったしすっけんども、その頃、よく京都の清水寺さ、おこもりみたいに夜行って月夜など見て岩の上さ一晩泊って来ていっかったと。そん時、住職だったのは僧正遍上さまだったと。あの和尚さまとこ、うんと小町はええくていたったと。
 そんでも時々手紙などやったったんだと。それから唄詠みなどもやったんだと。その歌。
   岩の上に一人寝る夜のさぶしろに
      ぬぎて貸さなん墨染の袖
 というのをやったれば、僧正遍上は、短冊さ、
   心から着る墨染はただ一重
      かはずばとても一人かもねん
 と書いてやったと。そうやったもんだから、小町は、俺だってたった一枚の着物脱いで貸す訳には行かない。それより二人は帯といて、抱き合って寝たらええんねか。という意味だと思ったと、小町は。んだから一晩中ずっと、まんじりともしないで待っていたったと。
 僧正遍上は、そんな唄やったので、自分の方丈さ夜中のこのこ来られっど困ると思って、憶えた短弓持(たが)って狩に行ってしまって、一晩中山にいたったと。
 小野小町は一晩中待っていたべし、僧正遍上は山さ狩に行ってた訳だ。これを見ても、小野小町は決して「女の大事なもの持ってない」女ではなかったと。馬鹿男は嫌いで、ええ男はうんと好きだったと。どーびんと。
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