37 辻斬りと甘糟さま米沢の甘糟さまが江戸さ参勤交代に行っていたったと。その頃、江戸あたりで辻斬りが流行(はや)ったったと。甘糟は一人でずっとそっちこっち見物して、ある茶屋さ腰掛けたと。そしたば三人の荒くれ者は、一杯呑んでいるのに出会ったと。そんで荒くれ者は出はって行ったと。そしたればその家の婆さんが、「あれは今の辻斬りとか言う、まず何もかにも、ぶった斬ったりゆすったり、かっぱらったりする野郎べらだ。本当に困ったもんだ。おらだ所(どこ)でもこうして飲むげんども、銭だらビタ一文払ったことなどない。んだからどて飲ませないと、おらだも斬らっでしまうから、仕方なくて泣き泣きこうしているんだ」 「……」 「ほんで、聞いたことはこうだ。米沢の上杉さまの家来に、甘糟様という日本で一二を争う腕前の人いる、その人は話に聞くと、今お江戸さ参勤交代で来ているということ聞いっだ。なじょかしてその人から、辻斬りを始末して貰うように頼みたいもんだと思って常々語っているとこだげんど、ちょっこらさっと、おらだみたいなのが行って頼みようもないんだし…」 と言うと、甘糟さま本人は黙って感心したように聞いたけァ、 「ほんじゃ、ばあさん、御馳走さま」 と、立った。そうすっど、婆さんが、 「もし、あの荒くれ者さ追っかついて、近づいたりすっど、あんだの生命あぶないから、決して近づかないように、別道をかけて帰りなさい」 と言うたと。「はァ」と立って、大急ぎで行ったもんだから、酔ったくっで、すったらくったら行く荒くれ者さ追いついてしまったと。 「あら、あの立派な侍が、あの野郎べらに殺されるんであんめえか」 と、婆さま、はらはらして見ったと。そうして近づいたと思ったら、まるで稲妻みたいに、チカチカといったと。そんでもかまわず、呑んだぐれはチョコチョコと歩く。その人もかまわずスタスタと行ってしまった。そして向うに井戸があったと。野郎べら酔えたし、酔覚(さ)けの水飲むと思って井戸さ曲がったと。一人が曲がって水飲んだところが、腰から上は、スポーンと井戸さ落っでしまったと。そしたば二人目、三人目も曲がっど思ったら、ペローッと腰から上は井戸の中さ、皆落っでしまったと。奇態だと思って行ってみたところァ、皆ぶった切らっでいたんだっけど。切り方もうまいもんだから、甘糟さまなんざァ、よっぽど達者な侍だったべなァ。どーびんと。 |
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