21 巌山大師

 巌山大師などというと、みんな痩せて、こめんくさい顔面(つら)さえもしていると、『巌山大師』なんて馬鹿にしているもんだげんど、あの人などは、京都の三千もの寺のうちの露山寺という寺の住職であったと。そしてその人は非常に学問もあり、信仰や務めなどは京都でも有名な人であったと。巌山大師は始めにもらった名前で、名前なども、二つも三つも貰ってあって、元はリョウゲン和尚という名前であったと。
 巌山大師はあんなにめんくさい面していると思わっでいるのは、自画像を、自分の顔を鏡に映して画いたから、めんくさく画いて、痩せっころげで、眼だけきろきろと描いたからだと。先ず和尚ににらまれっど、泥棒など入っても、ぶるぶるとなって逃げて行くがったと。一番初めには、あのお札は泥棒よけであったと。それから段々魔よけだの、疫神よけだのになったんだと。んだからあいつは、あがいめんくさい人でなかったげんど、自分が自分でめんくさく画いたんだと。どーびんと。
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