59 鮎貝の本庄さま鮎貝の本庄さまという人も豪傑で、大まくらいだったと。そして、本庄さまだから、米沢の殿さま仲間にも相当な殿さまいたった。そんで本庄さまの伯母さに当る人に、] 「いやいや、お前(にしゃ)、本庄さまだとも言われる人が、餅、腹くっちく食ったことない、酒酔えるほど呑んだことない、なんて、俺ァ本当にハラハラする、あんだなどなんぼ我慢したって食い切らんねほど御馳走すっから、食ってみろ」 と言わっだ。そんで昔の餅というのは、二寸五分の、四寸の、厚さ七分になってる。その餅四十八コッパも食ったと。どうしても五升餅あったべと。持って来て、 「食れっかい、お前食ってみろ」 と、一生懸命で四十八コッパ、厚い餅一たがきあるようなもの、食ったと。ぺろっと食って、 「まだ食(か)れっか」 と言うたらば、「まだ食れる」と言うたと。 これには伯母も魂消たと。その次に、 「お前、酒呑んだことないなんて。五升買って置いっだ」 段々呑んで、ぺろっと呑んで、 「まだ呑まれっか」 と言うたら、 「まだ一本二本など、呑まれるなァ」 なんて言わっで、これもしくじったと。その代り、豪傑だったと。米沢さ行ったとき、甘糟という人が殿さまがのって歩く駕篭の棒の先ぽい抑えて、持(たが)ってみせたと。 「貴様、豪傑だと言うげんども、こうして持(たが)かれっか」 二十八貫もあるものだと。 そうしたらば、うす笑いしてた本庄さまは、 「そうか」 と、指二本はずして、三本指でソクッと持ったと。それくらい豪傑だったと。 |
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