35 三百の辞世

 まいど、一人暮しのじんつぁいだっけと。こいつは相当な俳諧師だったげんども、体が不自由になって、年寄って、貧乏したと。
 丁度隣に自分の友達が、世盛りの友達がいた。そんであんまり貧乏したので段々と借金がたまって、三百文の借金が出たと。そんで何とも金策に困って、隣さ行って願ったと。
「おらえでは、何んぼ友達だって銭と言わっで、銭だけはわかんない」
 と言わったと。そんでそっちさ行ってその通りこっちさ行ってもその通り、誰も貸して呉(け)る人はない。そんで、「こりゃ、なァ」と考えた。
「俺ァ死んでしまえば、三百文のために死んだか、野郎、なんて言うべげんど、こりゃ。生きていっじど、一文だって誰も貸して呉(け)る人はないもんだ。くれる人なんて、とんでもない」
 と、思って、ちょっと当て臭い気もあったんだか、
   三百で死んだかなどと言うものの
   生きていたなら 百もくれまい
 と、短冊に書いて、そしてそれを傍さ置いて死んでやったと。
 みんなは、
「こいつァ本当だ」
 と、感心したったと。死んだなとと言うと〈三百文くらい、俺ァ呉(け)っかった〉なんて、みんな言うと。生きていたら百文も呉(け)ね。とーびんと。
>>とーびんと 工藤六兵衛翁昔話(一) 目次へ