29 那須与一

 むかしむかし、源平の戦いの折に、海に布陣するのは平家方、陸に布陣するのは源氏方、その戦さも長く続いた。むかしは非常に戦さなて言うてもノンキなどこあって、あの時、平家方から一艘の舟が源氏の陸の方さ漕ぎ出さっで来て、一人の官女がそれにのっていだけど。ほしてその舟の真中さ帆柱立ってで、その帆柱の上さ日の丸の扇が立てられてた。きっとこの扇を弓の矢で打ってみろていうことだろう。こういうわけで、
「あの扇、誰か打ち落す者がいないか、誰かあらん」
 て言うわけで、お触れが廻った。強弓では鎮西八郎為朝、命中では那須与一、こういう二人の弓の大家がいた。ほしてあれを射るには、那須与一だろう。空とぶ鳥も三羽のうち二羽は打ち落すていう弓の名人、那須与一が選ばっだわけだ。ところが那須与一、馬さのって漕ぎ入れてみたれば、何と波は高い、舟はゆれる。一たんはねらいをさだめてみたげんど、どうしてもねらいが定まんね。これではとにかく仕損じてから恥をかくど何とも仕様ないと戻ってみたげんど、
「そうだ、どうせこうせ」
 と言うわけで、そこで大盃で二・三杯濁酒をあおった。ところが酒飲んでグデングデンゆれるのと、波のゆれるのと一致して、ピタッと的が動かねぐ見えた。ここぞとばかり那須与一が弓をヒョーと射てやったれば、扇の(かなめ)さそいつが当って、そして日の丸の扇が宙天高く舞い散った。ほん時にいた源氏の方も平家の方も賞賛した。
 んだから、酒のんでおかしげなる人もいれば、酒のんで当り前になる人もいるって、(せん)には言うたもんだど。どんぴんからりん、すっからりん。
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