19 日吉丸

 むかしむかし、百姓家あって、そこのかあちゃんが腹大きくなったげんども、二年たっても三年たっても、おぼこ生まんねんだど。
「へぇ、不思議なこともあるもんだ」
 と思っていたところが、三年三月たったれば、申年生まれの酉の刻に、おぼこ生まっだんだど。ところが、はいつぁ申年生まっだからだか何だか、まず見るからに猿こと同じ、山のおんつぁまと同じなんだけど。ほして名前を日吉丸とつけた。
 ところが、その日吉丸がなかなか才智にたけていた。小さいときから別だった。いや、きかねこともおびただしい。
「ほだな、とっても家さ置かんねから、お寺さまの弟子にすんなね」
 て言うわけで、日吉丸のおっつぁんがお寺さまさお願いした。
「こういうわけで、日吉丸、何とかして弟子にしてもらいたい」
「おお、よしよし、ほうか、んだらおれんどこさ連れてござっしゃい、どのぐらい(おが)ったか、おれも一ぺん見っか」
「んでは一つ」
 て言うわけで、お寺さま行ってみた。ところが背は()っちゃい、顔は赤いくてしなびたような顔してる。まるでお猿さんとそっくりだ。
「おお、よく似てるな」
 思わず言った。ほうしたら日吉丸も言う。
「ああ、お前も似てる」
「わしは何に似てるかな」
「沢庵漬の乾したみたい、しなびてはぁ、よく沢庵漬に似てる」
「こらこら、ほだなこと言うもんでない」
「いや、かまわん、かまわん。んじゃ明日わしんどこへ連れて来い」
 こういう風に言って和尚さん、帰って行った。ほして、
「ほら、日吉丸。お寺さ行かんなね」
 明日になって、日吉丸、
「やめた」
「なしてだ」
「六つ七つなって、お寺さまさ行ぐに、誰か案内者いねど行かんねなて、世間の人に言われっど悪れから、やめた」
「んでは、おっつぁんが後で行んから」
「いや、やめた」
「なして」
「六つ七つになって、送ってもらわんねど行かんねて世間から()れっど、なんねぇから行かね」
 何はその通り。
 次の日になって、朝げ、和尚さん、おつとめした。ほうして日吉丸さ、
「お(あか)り、消してこい」「はい」
 片っ端からプップツ、プップツて消して行った。
「これこれ日吉丸、口にはもろもろの不浄がある。なしてそこに団扇があるので、しめさないか(消さないか)」
 ところが売り言葉に買い言葉、
「和尚さん、和尚さん、今朝何でお経あげた」
「口であげた」
「なんで、団扇でお経上げね。口にはもろもろの不浄がある」
 何はこの通り、変な野郎は来あがったもんだと思って、和尚さんも困ってだ。んで和尚さんが、あるとき遠くに法事さ招ばっで行がんなねがった。
「あだな野郎べら居っど、何すっか分かんねから、つうとやかましく言って行かんなね」
 と思って、
「ええか、ええか、お前だ、ここにある湯呑み、これは(から)国から渡って来たもんで、見っど目つぶれる。これは絶対に出したり見たりしてはなんね。ほれから庭にあるリンゴは食うど腹痛っだくなって、たちまち死んでしまう。ええか、しかと申付けたぞ。これは絶対食ってはいかん、あっちの方は見てはならんぞ。ええか、これから法事さ招ばっで行ってくっからな、その間しっかり留守しているんだぞ、ええか分かったか」
 んだげんど、日吉丸は考えた。
「目つぶれる、ほだえすばらしいもの見てみっだくて仕様ない。片方の目で見たら片方残る。よし、うまいことある。んだら片っ方の目で見てけんなね」
 て言うわけで、そおっと和尚さん行ってから、湯呑み出してきた。ほして、聞くどころによれば、呑めば甘露の味がする、水飲んでも(あまご)い味がする不思議な湯呑みだっていう話は、かねがね昔から聞いっだ。ようし、見てから水飲んで、ほれからいろいろ和尚さん居ねうちしてみんべと思って、右の目いたましいから、左の目でというわけで、そおっと見たれば、ツカポカもしない。何ともない。
「なんだ、何ともないなんて、どれどれ、んだらまず、一つ水汲んで飲んでみっかな」
 水飲んでみても、水は水、何ともない。
「なんだ、あの和尚、嘘つき和尚だ。かっじぇげだな普通の湯呑みと変りない」
 て言うわけで、表さ持って行って、石さ叩きつけてしまった。ほして和尚さまに習ったお経上げた。
「ここに、うやうやしくおもんみれば、シンキゲン、唐国にて練り作られ、カマに入れられて湯呑みとなる。海を渡り来たりて、山門に入るなん。今日、ここに日吉丸の手によって、元の土に帰る。ろう!」
 さぁ、湯呑み、ぼっこしてしまったど。そこまではええが、今度は困った。
「ははぁ、仕方ない。リンゴだって嘘にきまってる」
 食うど死ぬて言うたリンゴ、今度、登って一つ食ってみた。何、腹痛っだくなど、なるばりしない。うまいばりだ。次々と五つ六つやっつけてしまった。ほこさ和尚さま帰ってきた。
「こらこら、大人しくしておったか」
 何と、後生大事としまって置いたその湯呑み飲めば、甘露の味がする、明から渡ってきたその湯呑みは、粉々。リンゴは半分もやっつけらっだ。この野郎ほにて、ほこさ居らんねぐなって、山門を追わっでしまった。
 ほして、茣蓙(ござ)着て、トコトコ出はって行った。ほしたら橋のたもとまで行ったらば、占師がいだっけ。そこさ行って、非常に茶目気のある日吉丸だったから、
「おいおい、占師。どこの誰でなんぼになっか分っか。当ててみろ」
「よし、こっち来い。何郡何村、日吉丸、当年とって十三才」
「はぁ、うまく当るもんだねぇ」
「小僧、小僧、茣蓙さ書かったんでないか」
 茣蓙読まっでだ。
「はぁ、ほのぐらいだらば、おれの運命、手相見てけろ」
「よしよし、どれ」
 て言うわけで手相を見た。それから筮竹(ぜんちく)をパチパチ二・三回やってだけぁ、筮竹ぶん投げた。
「いやいや、今日限り、おれは八卦おきやめた」
「なしてだ」
「いや、お前みたいな猿みたいな顔しった小せがれが、日本の親方になる。将軍さまになるなんて出からじぁ、とてもじゃないげんども、おれの占いもはぁ、わかんない。まず右手には天下筋、これあれば天下をとるには、決まっていることになっているんだ。お前みたいな天下をとるのであれば、とてもじゃないげんど、そだな商売していらんね」
「いやいや、八卦おき、そう言うたもんでない。おれだって天下取らねって限らない。もし天下とったら、お前ば大名にすっから、しかと憶えておけ」
 て言うど、ドンドン、ドンドン、そっから下って行ったわけだ。ほして何の風の吹き廻しか、いつともなく織田信長の草履とりになってだ。
 これはまた一生けんめい働くもんだから、みんなから日吉丸、日吉丸て言わっでいた。ところがある日、織田信長が草履はいてみたれば、温かかった。
「無礼者、その草履に尻かけていたな」
 非常にお叱りあった。ところが、
「いや、上さま、ちがいます。ここ見て下さい」
 て、胸あけて出したれば、その胸に草履の跡二つあったので、
「ああ、お前はすばらしい」
 て言うわけで、それからまた認めらっで、取り立てらっで、今度は足軽になった。名も藤吉郎と改めた。ほしたらあるとき、江戸一番の美女のねねの方、江戸一番の美男の加賀の犬千代。これは誰言うとなく二人は一緒になるだろうと、こういうこと世間の噂できまっていたみたいなもんだ。ところがねねの方のお父さんと加賀百万石の犬千代のお父さんが婚約してしまった。そしていよいよもってムカサリの日取りということになったところが、ねねの方、
「わたくしは嫌でございます」
 て、さめざめと泣いて何とも行こうとしない。そして娘はあんまり気進まねという。
「何と、無礼な事申すな、人に恥かかせるもんじゃない」
 加賀の殿さま、烈火のごとく怒って、
「そういうことだったらば、(やいば)の上ででも、もらって見せるぞ」
 何とも仕様ない。ところが、
「ほとほと困ってしまった。何とか工面ないべかな」
 ていたところが、
「猿め、ありゃなかなか、頓智がええから、智恵借りることにしよう」
 と、こういうわけで、足軽の藤吉郎招ばっだ。
「いや、実は家のねねが何とも行かねて言うんだ。何とかお前、ことわる手立てないもんだか」
 相談した。ところが藤吉郎、平然として、
「いや、あります」
「ほんじゃ、お前行って、ことわって来て()っか」
「行って参ります」
 引き受けて行った。ところが相手は加賀百万石、なぜ言うて行ったらええかと思って、藤吉郎、ほとほと困った。んで一策を案じてのり込んだ。
「犬千代さま、ねねの方、おあきらめ下さい」
「どういうわけだ」
「いや、ねねの方、あなたと結婚さんね」
「結婚さんねて、どういう理由だ。理由を聞かせてもらいたい」
 まさか、そこまで来っど思わねし、藤吉郎もほとほと困った。それで窮余の一策で、
「婚約者がございます」「婚約者は誰だ」
 他人のこと言うては何とも仕様ないもんだから、藤吉郎が、
「わたくし()にござります」
 て言うたら、犬千代はカンラカラカラと笑って、
「そうか、それでは、それがしが仲人をつとめよう」
「はい、お願いします」
 ては言うたものの、これは困った。
 また加賀の犬千代も猿芝居やってるんだど。とんでもない。三日もおもったらそれこそ箒逆さに立てらっでいんべはぁと思ってだ。そして一応その場は切り抜けた。
「どうであった。藤吉郎」
 ねねの方のお父さんは待ってだ。
「いやいや、こういうわけで、ことわってきた」
「はぁ、それはよかった」
「んで、その、どういう風にしてことわってきた」
「実は、こうこう言うわけで婚約者がいた。その婚約者は、誰だて言わっで、わたくし奴でござりまするまでは、ええがったげんども、それがしが仲人するって言わっで、これには参りました」
 ところが、親父はまたぶっ魂消た。いや早くよりももっと状況悪れぐなった。んでは困ったことになった。仕方ないて言うわけで、ねねの方に聞いた。ところが、「わたくしは行きます」て言わっで、二度魂消た。不思議なこと、あだな猿さどこええくて行くなだべと思ったらば、ねねの方がある日、占師さ行ったら、
「お前には何時(いつ)何日(いつか)に縁談がある。その人と結婚すれば、お前は破滅だ。今日から数えて百日目に縁談ある人と結婚すれば、お前は天下をとる」
 て言う卦が出た。それが丁度、犬千代から縁談あったのが何日目、数えて百日目が藤吉郎であった。ほしてめでたく二人が結婚した。御祝儀の日取りも決って加賀百万石の媒酌で、高砂やも高らかに結婚式もとどこおりなく終った。二・三日おもったら、尻ぱじきさっで、何とも仕様なくていっかど思って、犬千代が忍んできて、垣根のかげからそっと見たれば、何と仲のええごど、ねねの方に膝枕して、ねねの方が藤吉郎の耳かすなどを取って()っだ。
「いやいや、世の中、不思議なこともあるもんだ」
 なて、めでたく二人がそこで結ばれ、一生送ったわけだ。どんぴんからりん、すっからりん。
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