7 左甚五郎のかきつばた

 むかしとんとんあったんだけど。
 左甚五郎が、こんどはまたずうっと(くだ)っで行った。もう日もとっぷり暮れたもんだから、旅篭屋さ上がって行った。んだげんどノミとカンナと木槌、そういうもの一からげにして、ほして、番頭さあずけた。
 旦那と番頭は、はいつ銭だと思って、毎日上酒出して、刺身よ焼魚よて、大盤振舞いしった。なんぼおもっても銭払う気ない。
「あいつぁ、本当の銭だべか、番頭さん、番頭さん」
 そおっと内緒で開けてみたれば、減ったカンナとノミと木槌など入った。
「いやいや、いっぱい食った。なんぼこだな取ったって、分かんねっだな」
 て言うわけで、
「やっぱり人相悪れし、ろくな着物きてねし、あの格好の悪れごど、でれっと目尻下げてまず、ネギ鼻めめぐらがして、何とほだな銭もってねど思った」
 番頭と旦那、喧嘩始まった。
「にさ、悪れがらだ」
「んだて、旦那さま、相当な目方だから、金いっぱい入ったようだなて言うから、安心して泊めだったな」
「いやいや、困ったこと始まったもんだ、おいおい」
 お客さまなんて言わないで、甚五郎の部屋さ行った。
「何だ、あだなもの帳場さあずけて、毎日贅沢ざんまいにふけってる」
「番頭さん、番頭さん、ここらに竹林あっか」
「竹林ざぁ何だ、竹のことなど聞いていねのだ」
「いや、竹林あっか」
「竹なのあるっだな。内庭にある」
「ああ、ほうか、ほんで安心した」
「安心したなて、何して安心した」
「んでは明日から仕事にかかっから」
「仕事にかかるなて、おら家では旅篭屋だから、仕事などしてもらっては困る」
「いや、番頭さん、短腹起すな、今、お前の家さ損させねで置いて行くのだから」
 ほして竹ば切ってきて、何すっかと思ったら、次の日から削り始めた。削り始めたら、カッコ花を彫刻した。かきつばただ。ほして番頭さ言うた。
「ええか、番頭さん。このかきつばたなぁ、水() れば、パァーッと開くし、乾燥して置くど蕾になるし、長く持つから、こいつ、表さ飾っておがっしゃい。んだど、その気のある人はすばらしく高く買ってけっから」
 て言うた。
「かっじぇげだなもの、ほだい買うもんでない」
「いや、ほでない。おれはこれで失礼すっから」
「お前みたいな奴は、いればいるほど費用かかっから、ちゃっちゃと出て行ってもらわんなね」
 ほして追い出さっだ。
 ところがそん時、「下に、下に」て、殿さま通りかかって、その殿さま() けだのが、かきつばた、
「あれを買ってまいれ」
 ところが家来の者が行った。ほして、丁度それまで飲み食いしたな三両がな、だったそうだ。そんで家来が、
「これ、番頭、このかきつばた、なんぼだ」
 番頭はちょっと三本指を出した。ほして、家来が殿さまさ語ったれば、
「そうか、三百両は安いもんだ。買ってまいれ」
 いや、家来はぶっ魂消た。ほして行ったれば、その宿でもぶっ魂消だ。
「んだらば、あの、お泊まりになった人、誰だべ」
「これは、この細工するのは日本国中でたった一人、左甚五郎という飛騨の工匠だけだ」
 て、殿さまは目が高かった。そして三百両でお買い上げになった。(いき)かきつばたって言うて、それが水させば花開く、乾燥すれば元の蕾になる。こういう仕組みのやつ彫って行ったわけだ。ほんで宿でもぶっ魂消た。ほして、
「いや、左甚五郎さまざぁ、すばらしい腕の人だ。今度お帰りになっどき、ほの余分の金お返しして、お礼申上げんなね」
 て、待っていだけど。どんぴんからりん、すっからりん。
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