5 狐のはなし

 むかし、ある糀屋が、冬の寒い日に、部落から部落へ、売りに歩ってだうちに、何としたもんだか、まだ昼になってなんぼねねど、自分では思っていたども、歩かんねだけ暗くなったわけです。何(なん)もはぁ。
 そして、どこもかしこも一面に、山の中の木は折れでる、草は生えでるし、いっこう道らしき道もなくなったわけです。
「はぁてなぁ、おれ、毎日ここ歩いているにもやぁ、こんなに早く日暮れるもんだべか」
 と思ったども、何ともなんね。そうしているうちに、ポカポカと灯りコ見える。家一軒あるわけです。
「ほう、家あるな、まま、ま、あの家さ泊めてもらうど、今晩、とても行かれねぐなてしまた」
 それがらこんど、「こんばんは、こんばんは」ていうど、「はい」て、中から女の人が出てきたわけです。
「実は、いま日暮れてしまて、おれ、村の糀屋だども、なんも、あとは暗くて歩かれねし、雪降って道もわからなぐなったし、何とか一晩泊めて呉ねが」
「ええ、ええ、おれの家でもよかったら泊めて呉る」
「ああ、ええがったなぁ」
 て、はぁ、それがらこんど、糀屋がまず藁靴脱いで上がったわけです。その家の人も、
「おれしゃぁ、たった一人暮しだども、なんでも遠慮なく、何でも食べて呉(け)れ」
 て、まず、お酒コでも何でも御馳走なって、御飯食べたわけです。それからこんど、昔は女の人が明日だら明日、どっかさ行ぐどか、また嗜みとして化粧するときに、お歯黒つけたもんだ。ところがその女の人が、
「おれの家で、貧乏で鏡も買う銭コぁないから、鏡コないから、不調法だども、糀屋さん、おれつけたの、時々見てもらう」
「ああ、ええ、ええ」
 そして一生けんめいにつけて、
「ついだすか」
「うん、よっぽどついたな」
 そしてまた、時々「ついたべか」ているうちに、さっきより口ずっと巾広くなってきた。また「ついだすか」て、何と口が耳まで割れるわけです。いや、恐っかなくなってきて、引込んだわけです。そうしているうちに、女が、
「カネ(おはぐろ)ついたか、カネついたか」
 て、迫ってきたわけです。恐っかねもんだから、流しまで引込んでしまったわけです。引込んで、引込んで、「カネついたか、カネついたか」て、自分でおっかぶさって来るわけです。
「ああ、恐っかねぇ、とても。ああ、ついた、ついた。たくさんだ、ああ、ついた、ついた」
 て、引込み引込み、上り框まできて、土間さボダンと落ちだ。落ちたところが冷たいも冷たいも、さぁ、こんど川さ落ちたわけです。
 なんと、パッと明るくなった。まだ昼なかの日かんかん、通行人はみんなで、棒で上げたわけです。ずぶぬれなわけです。そしてまぁ、あててもらって着替えして、昼なか、天の昼中、狐に化かされたはなし。とんぴんぱらりのぷう。
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