32 狐むかし

 喜太郎狐、お万狐、柳(やなぎ)兵衛、三匹の物語り。
 で、ある日の朝の四時頃、宮脇の「ぼっけ馬喰」杢兵衛と名付(つか)った馬喰が、小便たれ起きた。そしたら、コヤコヤ、コヤコヤて何か聞える。何の話だべと耳すまして聞いたらば、こういう話してるど。
「いや、やっぱり人間も賢こくなってはぁ、何ともうまいことはなぐなったはぁ」
「いやいや、そだなことない。近いうちに馬市ある。ほんどき、にさ、ぼっけ馬喰に化けろ。おれは馬へ化げるから。ほして馬市さ馬出すべ」
「誰だ、馬になんの」
「そなただ」
「ほんでは何刻(とき)だ。どこそこで待ち合せる」
 ちょうど今だら八時頃だ。すぱっとはいつ聞いっだぼっけ馬喰は、「狐だな。ようし分った。んだらば狐こ入るくらい…」というわけで、タテゴを小(ち)っちゃくきりっと編んだ。ぼっけ馬喰ざぁ子ども多(うか)くて暮し楽でないもんだから、ええ馬て買わんねくて、悪い馬買って来ては、せっせと手入れして、当り前の馬にして、生計立ててだ正直な馬喰だったんだど。
 んで、「いよいよ今日だな、馬市は」というわけで、自分のそのピンツク馬、よくよくの痩(や)せ馬のおかしげな引張って、ハイヨー・ハイヨーて出はって行ったわけだ。ほしてそこのとこ、狐の御所まで行って、そこさほの痩せ馬つないだど。そしてその御所んどこさ行って、
「ほれほれ、大将出てこい」
 パパッと狐穴から出はって来たけぁ、
「いやいや、ええあんばいに化けたもんだね」
「うん、ええあんばいも糞もないっだな」
「なんだ、声付きまで似っだな」
「あぁ、ほうか、ええ、ええ。何だはいつ、化け馬か、そだいつまっては分んねから、腕にぶったでないか」
「いや待ってろ、まず。こだえ明るいうちではうまくないっだず」
 ぶつぶつ言いながら、一ぺんひっくり返ったら、いやすばらしい馬になった。
「何だ、こだな馬だめだ。もうちいと胴長く、胴長く」
馬喰だから、ほれ、
「胖足長く、爪の角度もうちいと立てて、はい。首はちゃんと、耳立てて…」
 注文つけて、非の打ちどころのない股たぶさ五厘こつけて亀甲にして、
「これだら誰でも惚れるええ馬だ」
 背中ぴたっと叩いて、タテゴぎりぎりとはめて呉(け)た。そしてハイヨー、ハイヨーと馬市さ引張って行った。ところがみな立見した。
「いや、すばらしい馬、ぼっけ馬喰引張って来た。ぼっけ馬喰ざぁ、ぼっけ馬喰と言われるだけ、ぼっけ馬しか引張って歩かんねんだげんど、今日のぼっけ馬喰ぁ見たことない」
 まず噂は噂よんで、やんさと集ばった。そうすっど、馬市始まった。
「二十五両、三十両、三十五両、誰もいねが…、四十両、五十両」
 五十両でばったり売っだ。金持の旦那買って行った。五十両の銭もって、さっさと帰って来た。
 ほうすっどぎっついタテゴはめらっだもんだから、その狐逃げられるもんでない。そして人来っど馬にちゃんと化けていらんなねし、こんど逃げんべと思っても、何(なえ)ったてタテゴはずんない。持って来るものはフスマとワラぐらいで、何とも狐の口さ合わね。
「いや、ええ馬の割りあい、飼料(もの)食ねな。これ食たか何だか」
 なて扱っていた。一週間もよったれば、ほとほと痩せてはぁ、どうやらタテゴからひょろっと抜けてきた。
「おい大将、うまいもの買って待っでっだべな」
「なんだ大将、人ばペテンかけるにも程ある。せっせと出はって行って、自分ばりうまいことして来っざぁあんまいな」
 喧嘩はじまった。そして、
「なんだず、まず。あたなピンツク馬、おれどさ置いでって、おれ、あだな傍さ行ったら後から行って踏む、前から行ったら喰っつかれる。ほれ、ここらキズだらけだ」
「ほだなことないっだな。銭五十両もしたべな、おれ見っだぞ」
「何語ってるんだ。ビタ一文もって来ないっだな」
「ほんでは話は食い違う」
「ほんでは、ぼっけ馬喰にだまさっだ。こりゃ」
 て言うたて、そいつは狐ばだました話。ドンピンカラリン、スッカラリン。
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