27 嘘つき屋

 むかしとんとんあったけずま。
 むかしあるところに嘘こきという商売があったずま。そして嘘屋のおっつぁんがある日、用事があって出掛けんなねから、「息子、留守していろ」て言いつけでで、出て行ったずま。ほうしているうちに、嘘こき商売の仲間が来て、
「今日つあ、お宅のおっつぁん、ござんな」
「はい、うちのおやじはなっす、富士山がひっくら返るなて、ことづけさっで、茅(かや)の棒三・四本もって、突張りかいに行ったずまっす」
「いや、このぐらい嘘つくのでは、親は押して知るべし、あぁ、さいならさいなら」
 て言うて帰ってしまったんだど。ほどなくまた、
「今日はっす、旦那さまござんねがっす」
「はい、うちの親父は近江の琵琶湖の栓(どう)抜けて何とも仕様ないからてことわりさっだので、ノミの皮とシラミの皮四・五枚持(たが)って止めに行ったでばよっす」
「あいや、これはかなわん」
 と言って、それも逃げて行ってしまったずま。まだ別な嘘こきあって、
「小僧、なかなかやるな」
 という話をきいて来たんで、度胆を抜いてやろうと思って、
「今日はちょっとお伺いしますけれども、昨夜来の嵐でおら方のお寺の吊鐘がとんで来ねがったがっす」
「ああ、あれか、裏の便所(せんち)のくもの巣さ引掛って七日七夜鳴りつづけていたでよっす」
「いやいや、これはとんでもない野郎だ。いや駄目だ、駄目だ、さいなら」
 と言うて行ってしまったずま。そこさ親父が帰って来て、
「今日はお客さま誰も来ねがったが」
 て聞いたんだど。
「いや、三人ばっかり来たげんども、こうこう、こういうわけで、おれぁみなおらの嘘でぶっ魂消てもどって行ってしまったはぁ」
 得意気に言ったんだど。ほうしたら親父ごしゃえで、
「なんだこの野郎、こんなちっちゃなうちから、こんな嘘こくもんでない。この野郎、俵さつめて流してしまうぞ」
 て言うて、嘘こきの若衆さ俵さつめさせて、「橋の上から流して来い」て、若衆にかつがせて、宮川の橋の上から長渕さ投げさせようとして途中までかついで行ったら思い出したように、
「ああ、若衆、若衆、おら殺されんのは、ねっからかまわねげんどなぁ、寝床さ置いて来た一両二分の金、みんなして分けて呉ねがぁ。今までいろいろとお世話になったからなぁ。でも早い者勝ちにすんべぁ」
 て言うたんだど。はいつ聞いた若衆、こんどは俵ぶち投げて、われ先に一目散て家さ走って行ったんだど。
 こちらは嘘こき君、俵の中で神妙にしていると、何やら向うの方から座頭がやって来て、俵につまずいた。そのとき嘘こき君、ここぞとばかり、「目の用心、目の用心」て言うど、あんまさんが、
「ああ、こりゃこりゃ、失礼いたしました。つまずいたりして」
「いや、目さえ見えないお前は、こんなところにある俵につまずくのは当り前のことだ。実はな、おれも盲目だったが、俵の中に入って、目の用心、目の用心て千人の人に声掛けたら、だんだん見えて来た。んだから俵といてくれ、試してみっから」
 あんま君、これを聞いて小踊りして喜んだ。
「おれにも娑婆を見ることができるんだ。どれどれ、指はどこだ。坊さま指を何本か出してみろ、おれぁ当ててみっから」
 あんまは指二本、三本と出した。
「ああ、見える見える、二本だ三本だ」
 みな当てられた。
「ほう、何だ。坊さま笑ったな」
 みな当てがさっで、とくと信用してしまった。そしてこんどあんまさんが俵の中に入ってしまった。そして嘘こき君、ゆうゆうと上山の方へ旅立って行ったわけだ。一方さっきの若い連中、なんぼさがしても銭のゼの字もない。おまけに師匠に、
「朝ンぱらから、モサモサして何してる」
 嘘こきの師匠はんにごしゃがっだ。頭さ来て、
「あの野郎、ほに…」
 みんな川の方さどんどん走って来たんだど。そしたら俵の中ではええ気持で、坊さま、「目の用心、目の用心」。足音したもんだから、目の用心、目の用心とやらかした。ほしたら、若衆だ、
「この野郎、声色変えて目の用心も火の用心もあったもんでない」
 て言うて、長渕さブツンとあんまは投げてしまったんだどはぁ。してあんま、川さ入って天国行きなんだけどはぁ。
 そこで嘘こき君、胸ふくらまして、青雲の志を立て、上山三万石の城下めざして歩いて行ったずま。そして、見る目原まで来ると、古ワラジの紐がとけたので直していると、ふと目についたのは、時あたかも冬の真最中であったので、どこから来たのか、どこへ行くのか分らないが、一人の武士が行き倒れになっていたので、嘘こき君、その着物を着て、二本をたばさみ、ゆうゆう上山方面さ降って行ったずま。ところが、その頃、とんでもないことが起っていた。数年前までは年一度しか立たなかった白羽の矢がだんだん近くなって若い娘が氏神さまに出さんなねという。
 上山藩の城中いろいろ相談してみたが、どうも氏神さまの仕業ではなく、何か妖怪変化の仕業であろうと、何かいろいろなことを試みたが、ことごとく失敗した。そこでその妖怪変化を退治する勇気のある者はお殿さまのお姫さまをつかわすという立札があっちこっちに見られたんだど。
「うん、これはいける、早速申出よう、頼もう、拙者楢下の行き倒れ剥(は)ぎ右衛門」
 嘘つきの小伜などと言(や)んねので、
「怪物を退治したくまかり越した」
 て言うことを言うて、ここに来たわけだ。
「それは当方としても願ったりかなったり、何か御準備するものは」
 て聞けば、
「うん、大したものいらんが、槍千本・刀千本をたまわりたい」
「はい、お安い御用で」
「助(す)けだちの人は何人ぐらいあればよろしいございますか」
「いやいや、拙者一人でたくさん」
 槍千本、刀千本を借用して町の氏神さまの古いお堂にと入って行ったわけだ。剥(はぎ)右衛門君、そこまではよかったが、だんだん恐くなってきて、小さくふるえるようになって来た。そこで剥右衛門君考えた。なんぼ荒い者でも隙間がなければやっつけられることはないべなと思って、そして千本の槍と刀を箱の周りにびっしり立てたんだど。そしたら真夜中になって、ミシミシドダンという、ものすごい音したと思うど、屋根の上からドダンと落っで来たんだど。そして見っど、一丈もある大蛇が槍と刀に串(くし)ざしになって苦しんで尻尾パタパタてしながら、立てる音が七里四方聞えたんだど。串ざしになっている大蛇を脇差を抜いて片っ端から胴切りにして行ったんだど。大蛇というものは上の方から下の方の獲物、ボダッと落ちて気絶させてそれを飲むのが、上策(じょうほう)なんだということです。いつものように上から下に落ちて来たのが運のつきであったわけです。一方町の方では、
「あの男はいくら何でも、可哀そうに生きてはいねべはぁ」
 などと口々にして、恐る恐るお堂の傍さ行って見っど、あにはからんや、妖怪変化をコマ切れにして、そこにゆう然と立っていたんだけど。それを見た殿さまは、
「いや、あっぱれである。約束どおりお姫さまとの婚姻を許可す」
 て、剥右衛門を聟養子に迎えたんだど。
 ところがその頃、見る目原さ山賊が出て来て、通行人や女・子どもを襲うようになっていだんだけど。
「それは剥右衛門若様に征伐してもらわなければ…」
 ということになったんだど。ところで、
「選(よ)り抜きの者五十人、人足五十人、オフカシ三十用意してもらいたい」
 そして準備させだんだど。ところがお姫さまが教養もない上に、作法も知らない剥右衛門を大嫌いで、嫌いできらいでたまらないんだど。殿中ではおならは法度だが、部屋ではところかまわず屁をならすし、立小便は言うに及ばず、お姫さまはこんな人と一生暮すのなら、一そう殺してしまった方がええ。そう考えていたんだど。それでオフカシに毒をたんまり入れたんだど。そして屈強の五十人と人足とを取換えておいたんだど。それを知らない剥右衛門君、人足にかつがせて、見る目原まで行ったら、強そうな山賊とも野武士ともわからない奴が、ドスを効(き)かせた声で、「待て」、人足はぶっ魂消て一目散に逃げて行ったんだど。若様もすばやく逃げて、ようやく木の上に逃(のが)れたんだど。そしたら賊たちは、
「ああ、オフカシがある。酒がある。いっぱいやんべ」
 ていうわけで、総勢三百人、飲めよ唄えて飲んだり食ったりしていると、片っ端からウーウーって南蛮渡来のシビレ薬が効き始め、全員たちまちのびてしまったど。
 若様、おそるおそる降ちて来て、「マカハンニャハラミタ…」、片っ端からお刀を頂戴させて…。
 殿中ではお姫さま落付かない。
「人足は無事だったろうか、薬は効いて呉れただろうか」
 複雑な気持ちで待っていたんだけど。ところが何と運のええことかな、山賊は全滅、人足は全部助かって、完全な若様におさまったんだけど。ドンピンカラリン、スッカラリン。
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