26 捨て子

 むかしあったけど。
 山の中の部落で、あまり田もたんとなくて、とても百姓ばりでは暮さんねで、その部落は女衆は百姓して男衆は炭焼きで暮しったどこだっけど。そしてその炭焼きも大勢あったべも、毎日、三人仲間で行くのは、若衆は清作という人で、年いったのは太郎兵衛に太左ヱ門という者であったど。そして清作という人は歩き方も早いもんだから、毎朝早く登り上がって一服して、
「早く来い、早く来い」
 て、年寄衆ば、よばって行きついて、そしてみんなと登り上げっど、一服のんで炭焼きしいしいしったなだど。そして次の日も清作早く行って、
「早く来い、早く来い」
 て言うから、
「よに、清作、早く登りついて退屈して呼ばるな」
 て行ったら、なんだかいつもより気もんで、
「異なもの落っこっでいたから、早く来い、早く来い」
 て言うずもの。そうして行ったば、
「どこさ」て言うたば、
「ここの橋のたもとさ、きれいなもの落っこっでいたから、来てみろ」
 て言うども、そして行ったば、本(ほん)にきれいなみがきのようなエジコさ、小袖さくるまったオボコ投(な)がっていだなあったど。
「誰捨てたもんなんだか、これ、昨日(きんな)暗くなるまで、おら、いたどもないな。今朝になって誰か投げて行ったのに相違ない」
 と思って、そしてこんど太郎兵衛も清作も子どもあったども、太左ヱ門という人だけは子どもなかったど。
「おらはぁ、子どもあっどこさ、こんなものつれて行ったて、とても育てらんねから、太左ヱ門、子ども持たねもの、そっちの家さ持ってって育てろ」
 と、そう言うずもの。
「ほんだら、おらえでつれでっても、かかにおんつぁれぁしまいから、おれ拾っていんから…」
 て。そして何ぼかきれいな子であったど。大事にしてエジコのまま持ってきたずもの。そしたばはぁ、ばさま喜んで、毎日毎日、栄養あるもの飲ませて育(おが)して、そしてこんど、
「晩げはまずお早く風呂沸かして、入っでみっかなぁ、なんぼめんごいんだか」  そして二人がかりでエジコから出して衣裳ぬがせてみたらば、絹や小袖でくるまって、そして一重ねの絹布の着物きせでいたんであったど。そのタモトから、何だかファーッとしたもの出てきたから見たらば、
「この子ども拾った人は、決して粗末にすんな、されるだけ大事に育てること」
 そういう書きものであったど。そして、
「こりゃ、何者だか、そう書いてあっから、されるだけ大事に育てねね」
 て、育てっだば、六つにも七つにもなってはぁ、なんぼか育(おが)れば育るほど男の子であったし、男ぶりもよくなる。偉いものの子どもだもんと見えてはぁ、品もそなわったええ息子になったずも。
 そしたば、こんど、代官さまさ、
「あるとき、こう、子ども橋のたもとさ置いて来たな、拾って育てた者あるに相違ないから、それ育てた者は、またもらいもどしたいから、決して、いや応なしに返せ」
 て、書いたもの配ったであったど。そしてこんど代官さまからの達しなんだし、そこの太左ヱ門というとこで育てたということ聞いて、そこさ来たもんだから、なんぼめんごいったって、いたましいったって、やんねで置かんねから、ほだらまず、あの、入っでだなの一番ええ衣裳着せて、そして飾って眺めてからやっかて、二人でこの衣裳きせてそしてはぁ、粗末な家だども、床の間みたいなどこさ飾ったば、もらいに来たずもの、大勢で。そしてその頃で、銭五百円呉っで行ったずだか、それからこんど、
「これ、今までの育て賃だから、この子に掛かり切りで育てて呉っだべども、もらって行くのだから、年入(い)ってもこれあれば通して行かれっから、この金ではぁ、あきらめて呉(く)ろはぁ」
 て、その人は大金置いて、連れて行ったど。そしたば清作も、
「おれ見つけだなだから、こっちの家さばり金もらってもらってはいらんねがら」
 て言うんだし、ほだら、仲間三人分けして、三分の二は隣の人さやっから、分けて呉れればええだし、あとはおれ、もらうから、その子育てたおかげで、その金で夫婦安楽に一生通したけど。むかしとーびん。
 
〈話者 高橋しのぶ〉
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