11 大男の化けもの昭和八年の年だったと思うな。八谷に、県の模範林があってな、そこに、時の知事が荏原栄太郎という人でな、その人が模範林の視察にきて、そのついでに、知事さんの話聞くのもええだろうと、部落の人がいうので、丁度そのとき、伊藤四郎右ヱ門さんという人が県会議員していたときだから、みんなにはかって、学校の裁縫室に集まって、みんな話聞くべというわけで居たわけよ。 そして四時までに来っからということだったげんど、途中で自動車故障で来らんねぐなってしまって、ようやく来たのは、七時ちょっと前だった。そうすっど、みんなが待っていたわけだ。ほして御飯なのも食ねで、みんな待ってでなもんだから、知事さんも申訳ないなて、簡単にあいさつしたぐらいで帰ったのよ。 その後、わたしらも片付けて、そして帰って行ったんだな。十一月十二日のことだから、一ぺんぐらい雪ふった頃だから、火鉢など片付けて帰ったんだな。 小池のある家から嫁に行って、その娘で横浜からきておった鈴木トモコさんという若い女の先生だったが、二十一才だったか、その人がちょっと薄明りの八日か十日ぐらいのお月さまの出た晩だった。その時、その人、歩いて学校出て、夜の八時過ぎに帰ったわけだ。わたしは自転車で帰った。そして道降りて行くどこに太い杉の木が生えていたどこだったが、降りて行って杉の林を通り抜けて、ちょっと川平の方に、ミショウ桑植えてあったところに、ぐっと大男が立っていだっていうんだな。ほんで「今晩は」て、声掛けたげんど、黙っているんだてだな。黙っていっけんども、その傍通り抜けて、「はて、不思議だな」て、そこの家のイトコの人に、伊藤ヒデオさんていう人いる、体格のいい人だった。その人だべなと思って、うしろ振り返ってみたら、誰もいない。 「なんだ、影ぷちでも見だったか」 と思って、気に掛けず家に行って御飯食べて、お湯さ入ってたていうんだな。ほしたところが、その家に年季奉公してだった千葉久二ていう人いた。その者が、戸の口の戸、がらがらパチンと閉(た)てて、 「いや、恐っかなかった。恐っかながった」 て、台所さ入ってきたていうんだな。 「なんだ、久二、今頃恐っかながったなて、なんのごんだ」 て、おばちゃんが言うたら、 「化けもの出た、化けもの…」 ていうた。 「何、化けものなて、いんめぇちゃえ、馬鹿語っていねんだ」 「いないざぁ、あんまぇちゃえ、おれ見てきたもの」 「なじょなだけごど」 「あそこのミショウ桑畑に、大きい大男立ってだっけ」 ほうすっど、お湯さ入ってだモトコさんが、そいつ聞いて、がらがら上がらきたていうんだな。 |
(藁科) |
>>さるむこ 目次へ |