23 自分が食うには足りない

 佐兵次は時として、とても無邪気なところがありました。ある日のこと、米沢 の城下の菓子屋の前に立って、お菓子を見ていました。それを見つけた菓子屋の 内儀さんが、
「佐兵次さんや、お前、さっきから店先に立って眺めているが、お菓子でも買う つもりかえ」
 といいました。すると佐兵次は、
「これは内儀さん、実は佐兵次は空腹で、この餅でも食べたいなと思っていると ころです」
 すると、内儀さんは、
「そう、店のお菓子も餅も特別にうまいよ、買ってくれ」
 佐兵次は、
「そんなにうまいかい、じゃ、売ってくれ」
 と、財布から金を出して数えている様子、
「内儀さん、この餅、うまいかい」
内儀はてっきり買うものと思い、
「宅のお菓子も餅もうまいのは、誰もが賞めているよ、一つ食って見てくれ」
 というと、佐兵次は早速お菓子をつまみ上げて口に入れ、むしゃむしゃ食いま す。
「お菓子もうまいが、餅はどうだい」
餅をつまんで口に入れてうまそうに食べます。さんざん食って、
「あんまりうまいから、もう買うのはやめたよ」
 と出した財布をしまってしまいました。内儀さんが不思議に思って、
「うまいからやめるとはどうしてだい」
 と聞くと、
「あんまりうまくてうまくてたまらないので、とても今店にあるものだけでは足 りないよ、今度、沢山あるときに来て、十分食うつもりだ」
 といって、そのまま店を立ち去ったということです。
〈宇佐美滝蔵〉
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