19 天才的な田植の名人のこと

 昔の百姓仕事は随分忙がしかったものです。苗代つくり、種蒔き畑かえし、田 うないの仕事、田の耕し方は鋤の手うないでした。備中鍬で十日もうなうと、手 はまめだらけ、その痛いこと、身体は綿のように疲れます。それが終ると代かき と田植え、夜は水ひき、猫の手も借りたいとはこのこと。早暁から夕方遅くまで 重労働ですから、午前と午後に一回ずつ小昼飯とかタバコといって酒と肴で握飯 の御馳走が出ます。田圃の中で飲んで食って働くという生活が続きます。今日も 七八人集まって田植えをしていた所にやって来たのは、佐兵次です。しばらく畦 に立って田植えの様子を見ていましたが、間もなく大粒の涙を流して、しくしく 泣き出したのです。それを見つけた若者が不思議に思って、「どうしたんです、佐 兵次さん、どうして田植えを見て泣くのです」と尋ねました。「いや、おはずかし い、だが皆さんの田植えを見ると、みんな思い切って曲げて植えなさる。だのに 私が植えると、どうしても曲らないで、真直ぐに植わるんです。それで泣いてい るんです」と答えました。「何だ、人を小馬鹿にしている、正条に植えるこそむず かしくって出来ないのに、佐兵次に限って曲って植えられないとは…。それが口 惜くて泣いているとは、何て人を馬鹿にしている」とぷりぷり怒りました。「おい 佐兵次、あまり人を馬鹿にするな。俺達は一生懸命になっても真直ぐに植えられ ないのに、よし、絶対に曲げないで植えられるというんだな」「そうだ今言った通 りだよ、私は皆と違って曲った田植えは出来ないんだよ」これを聞いた一同は「忘 れるなよ、今言った言葉を。さぁ曲らないように植えてみろ」と口々に言いまし た。「よし、植えますから、よく見ていて下さいよ」と、佐兵次は傍の苗を持つと、 尻をはしょって田に入り、ポツリポツリと植え始めました。普通の人は後じさり しながら植えて行くのに、佐兵次は前に向って植えて行くのです。尺丈の縄も張 りません。それでいて植えたあとは一直線、植えられた苗の角度といい、一株の 本数といい、申し分がありません。見ていた人々は唯感嘆するばかりでした。こ うして皆にまじって一日手伝い、夜は酒と肴の御馳走になり翌日は気のむいた家 に出かけてゆくといった風でした。田植えに天才的技能を発揮した佐兵次は、手 細工にもたん能でした。赤子を入れるいずめこ作りの名人ではたおり機も自作し、 馬のさどかけ編みは実に妙技を示したものであった。
〈大正十五年八月・近野兵蔵〉
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