16 武士問答私領と御預所の境に、お番所があって、役人が出張して、往来の人々を改めた 事は前に話したが、間道として露藤西の外の内にも口留番所というのがあって、 二三人宛の上杉役人出張しては厳重に往来の人々を改めた。私領にしげく往来する佐兵次とて、番所の役人共、顔なじみ役人は風彩の振は ない。佐兵次をからかうのであった。今しも私領の尾長島に行こうとて通りかかっ た佐兵次、背には小箱様なものを背負っている。又しも佐兵次をからかい始めた。 「佐兵次や今日は何処へ行くんだ」 すると佐兵次、 「はいお役人様、佐兵次は私領に行くんだ」 「ここは私領じゃないか、私領の何処に行くんだ」 「はい、今日は佐兵次、足の向き次第だよ」 役人はむっとした、常にからかわれているんで、今日はどうした事か言葉さえ とがって、答えて、 「何、足のむいた方とは、貴様、ひょうげた奴」 「これはお役人様、佐兵次はひょう下駄は履いた事もないが、役人、よし佐兵次 頓智を以っておれを困らすつもり、よし、今日は奴を困らして呉れん」 と、 「今日は仲々面白いことを言うが、時に貴様に聞くが、佐兵は百姓の何をしてい るんだ」 「はい、お役人様、戯談だよ、てまとりをしております」 「そうか、役人は其のてまとりという鳥を見たことはないが、佐兵や、どんな鳥 か」 今度こそ佐兵次、返答に窮したろうと思ったら、いたって平気の平左、 「お役人様、一寸お尋ねいたしますが、お役人様はお殿様から何をいただいてお りますか」 妙な事を聞く者だと、役人、それは佐兵次が謀っているとは知らない。 「役人か、自分たちは士農工商というてな、百姓や町人の先に立つお武士なんだ。 お殿様から御扶持というものをいただいている。つまり御扶持取りなんだ」 「そうでありますか、お役人様、佐兵次はまだ御扶持鳥という鳥を見たことはな いが、どんな鳥でしょう。お答え聞いてから、てま鳥のお話いたしましょう」 手痛くやられたそこが武士気質、百姓風情の佐兵次に負けたくない。 「だがな、佐兵や、武士がいるから百姓町人は其の日を安康に過せるというもの、 武士は居らなかったら、一日も貴様達は此の世に居られないからな」 「それはお役人様、ちがう。百姓は一年中玉のような汗を流してお米を穫り、そ のお米は上納米となって、お役人様の御扶持となりますよ。つまり、てま鳥は精 出して御扶持となるのですよ。もし百姓はいなかったらお役人様、死んでしまう よ」 と、又も痛いところ、ちくり。役人も佐兵次の相手ではなかった。すっかり返 答に窮した。よいよい通れ、はいさようなら、すたすた番所を通った。 |
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