13 金の無心した浪人者を追返す

 入生田の十字路から西に行くこと一町、高板塀にかこまれ、幾棟の土蔵一見し て豪農として知られる。その当時、屋代郷の四人衆の長者として知られる、栗田 惣兵衛さんである。佐兵次時々同家に行って、小用などをして手伝っておったあ る春日の事であった。一人の浪人風の大男、年令三十歳前後、顔は黒く、目は鋭 く五分月代、背は高く実に怖ろしい様な奴が同家の門に立ち寄った。
「おれは諸国修業の者であるが、草鞋銭をもらいたい」
 と怒鳴った。女子供は恐れて中間の方へ逃げかくれた。ちょうどその時、佐兵 次が居ったが、のこのこやって来て、
「これはこれは、御無理な仰せ、当家には草鞋セン(銭は千)、ところが一足の草 鞋も事欠いて今朝も若者は草刈りに行くに片足の草鞋もないというておった。」
 と いうたら、何て思ったか、浪人者苦笑して、何事も言わんで立去った。浪人者の 立ち去った後に、佐兵次、惣兵衛さん夫妻に大層ほめられた。
〈大正十五年・高橋友吉 〉
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