7 十一毛の猫を見て来た

 こうして、佐兵次、気の向くときは、百姓の手伝いなどをして幾日も泊りを重 ね、嫌になるとさっさと出て行く。彼は欲もなく、恋もなく至るところで奇行を 演じて一家を笑わせ、貧しい者を見れば吝しげもなく小遣銭を呉れ、又人より貰っ た衣物すらもあたえたものだ。それで、何処でも佐兵次が来たと言えば喜んで彼 を迎えた。一日の労が終ると、佐兵次の膳には肴が供えられた。すると佐兵次、
「旦那様、私は海のものより畑のものは大好きだよ、百姓は収入の細いもの、金 出して買ったものは嫌だから」
 と、箸とらぬ。それとなくいましめたのだ。秋の夜長になると、彼の最も天才 とするイヂコを作った。馬のサドカケも編んだ。殊にサドカケに至っては天才的 であった。若い女には機織りを教えた。
 ある夜、炉辺話にその家の内儀、
「佐兵次さん、お前さん、世間を廻って珍らしいものも見たろう、夜話に聞かせ ておくれ」
「姉さん、私は花のお江戸迄も行ったが、珍らしい物もない、只一つ先頃梓山に 行って珍らしい物を見た。それは十一毛の猫、これが一番珍らしかった」
「何、十一毛の猫、三毛猫は居るが、十一毛、それぁ珍らしい、何処でや」
「それは私の親しく出入する旦那の家でよ、矢張り三毛猫、それが誤って炉の中 に落ちて焼け(八毛)てしまった。八毛と三毛で都合十一毛の猫だよ」
その家の妻女、唖然としてしまった。
 一日、佐兵次の編んだサドカケを見たことがあった。その妙技に至っては、驚 嘆しなければならぬ。ああした話に聞く馬鹿な風彩の佐兵次とは思われぬ。
〈嘉永年中の逸話・安部常蔵〉
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