5 弊馬草を食う部落から南方四町の地露藤村と下新田村との界に天王川の流水がある。源は栗 子岳に発し、上郷村の中央部を横ぎり、露藤の南から西に流れて松川に入る。種々 雑多な伝説に富んでいる神秘な川だ。昭和六年モダーンな鉄筋コンクリートな橋 にかけ替えられた。橋の東北の方に一町に余る原野がある。里民これを五輪窪原 という。ある真夏の日であった。村の若衆大勢して野良仕事をしておった処あわ ただしく走って来た佐兵次見れば血相変えている。「若い衆、大変なものを見て来た」 一同何事ならんと不審顔、 「若い衆、佐兵は今五輪窪で大変なものを見て来たが、死んだ馬が草を喰ってお るぞ」 見れば佐兵次だから真実としない。世はいくら開けたとて、死んだ馬が草食う と言う、馬鹿げた事はないから、 「佐兵次や、馬鹿も中位にした方がよいぞ」 しかし佐兵次は仲々聞かない。 「皆の衆や、己れも真実と思われなかったが、全くそうだから己れも驚いた」 と真面目顔、佐兵は尚も言う。決して戯談は言わぬつもりと真面目顔、野良仕 事の若い衆達、佐兵の真面目顔に釣込まれ、鍬の手を休め、 「兎も角、行ってみよう、佐兵、案内しろ」 やがて一同珍らしい死馬の草食い居るを見るべく、ぞろぞろと跡からやって来 た。処が何んの事一頭の死馬が原の中央頃に、真夏の事とて悪臭鼻をつき、とう ていその近くによりつけない。一同あきれて佐兵次をなじった。 「佐兵次や、死んだ馬はどこで草を食って居ったのか」 佐兵次はけろりとしたもの、 「皆の衆、よく見さっしゃい、死んだ馬は臭くって、寄りつかんないではないか」 一同唖然として、今更ながら、佐兵次の頓智に大笑した。 |
〈近野善兵衛・大正十五年採集〉 |
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