2 口説き節(悲恋の佐兵)

 天地陰陽自然の道理
 釈迦も昔はやすたら姫よ
 頓智頓才溢るる様な
 今に名高く其の名は残る
 矢張り佐兵も木石ならぬ
 年は廿か出ても一・二
 隣部落の浅川村に
 思ひ染たる娘が御座る
 生計豊かな長兵衛が娘
 年は二十八かおはやと言ふて
 鄙に稀なる其の仇姿
 小野小町に百夜の通ひ
 私は千日通ふかとても
 おはやならでは此世はいらぬ
 曇りかちなる浅川山よ
 欲におはする大慈の佛
 いつか此恋おはやに通じ
 晴れて添ふ様御力願ふ
 たとへ命をめさるるとても
 せめて一度はかなへて給へ
 真に切なる佐兵が恋よ
 恋の通ひ路其の傍は
 千古魔の渕天王川よ
 人は怖れて昼さえさける

佐兵横笛自然の妙手
占めす歌口妙なる其の音
玲瓏嫋々転 (ころ) がす玉よ
而かも其の曲想夫の恋は
秋の月夜に一汐冴えて
渕の大蛇も自ずと跳る
通いつめたる浅川村よ
遂におはやも佐兵の情に
関の下紐自然と解けて
たとえお西の雪消ゆるとも
離れまいぞよ二人の中と
比翼連理の其かたらひは
人も羨む其睦つことに
広い世界は二人のものよ
おはや元より我侭育ち
菜の葉あいたら桜にとまる
仇し男と又褄がさね
花に狂へる蝶々ならで
二人手をとり駆け落ちなさる
佐兵眼前大地が裂けて
無限奈落の其苦しみは
泣いて涙もはや渇れはてる
あわれ無惨な佐兵が姿
死ぬか生きるか二つに一つ
やがて佐兵は気を振り起し
どうせ免れぬ化転の娑婆よ
命長くも百まで生きぬ
人の苦労も女人が本よ

女人禁じて暮さうならば
洒脱円満苦のない浮世
そうじゃそうじゃと心をきめて
村の鎮守の白髭神社
杉の古木の八町御門
やがて神前鈴の緒ふれば
塵も邪念も迷いも晴れて
澄める心は真如の月よ
私が鎮守の白髭様よ
女人禁断誓を立てて
佐兵一生の願が御座る
とても此の世は八苦の世界
人を益すも仇にはならぬ
滑けい滑脱円満無量
苦労知らずに送らせ給へ
念じ終りて下向の折りは
運ぶ歩みも心も軽く
更生楽しき佐兵が姿やんれ
 
〈柳影作〉
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