10 和田の女主人にカブトをぬぐ

　和田村、下和田の渡辺数江の家は女所帯で村でも指折りの金持ちだった。伊佐 は前々から、この家と見当をつけておいたが、いよいよ心にきめて、宵の中に屋 根の煙出しから忍び込み、ハリの蔭にかくれて家の人の寝るのを、今か今かと待っ ていた。そうしているうちに、みんな寝床に入って、一人になると、女主人が流 し場に行って鏡に向って髪をとかし始めた。（この辺では家人が寝てから、女が髪 をとかす習慣だった）それが終ると、お歯黒を塗り、手をよく洗い、それから勝 手に行って戸棚からお膳を出してそろえ、湯釜をかけて火をたいて、御吸物を作 り、徳利を出して酒をつけた。この家の主人は床酒でも飲むのかと伊佐は不思議 に思い、ジッと上から見ていた。今度は座蒲団が出た。伊佐はますます不思議がっ た。そしたら下の方から、
「上の伊佐殿、早く梁から降りて来て、一献召上がったらどうだス」
　と来た。さすがの伊佐殿もこれには返すことばが出なかった。度胸をきめて降 りて来た。きまり悪そうに座に着いた。さあ一杯、と手に取らされた大きな盃に なみなみと汲がれて、ますます固くなるばかりだった。何杯かいただいてから、 伊佐もいくらか心のゆとりが出て来て、
「この家のおかみさんにはかなわねぇス。おれも男だから、このおれの生きてる 一生、この近郷近在には決して泥棒に入らねぇス、他のやつらにも入らせねぇス」
　と、固く約束した。（梁の蔭にかくれていた伊佐の姿を髪をとかした時に写した のだった）
（「東北快盗伝・長手の伊佐」)
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