7 吉兵衛さんと伊佐

 長手小庄ヱ門の子、長手の伊佐は近来稀な大泥棒でした。でも金持から盗んだ 金を貧しい人に分けてやるほどの心を持っていたのでした。その伊佐が吉兵衛さ んに奉公していた時のことです。
「どうじゃ、伊佐、この次の間に長持があるが、長持の中にある品物を盗むこと はできまい」
「旦那、わしらも、種のないことは何ともできませんが、ここで若衆二・三人で 竹の節抜きをしてもらえれば、盗ることにしましょう」
 こともなげに伊佐がいうので、吉兵衛さんは、
「これは面白い、一つ盗れなかったら…」
 と、伊佐の自慢の鼻をへし折って、真人間に返らせようと考えたのでした。吉 兵衛さんは、早速若衆を呼んで、竹の節抜きをやらせながら、
「この長持の中から、ごっそり着物を、伊佐の奴が目の前で盗むっていうが、そ んなことができる筈がない」
 と、一人にこにこと笑っているのでした。ところが何時まで待っても伊佐はやっ て来そうにありません。景気をつけながら、若衆が竹の節を抜いているのを、長 持に腰を下ろして眺めていた吉兵衛さんは、
「さすがの伊佐も、こう五人もの目のある部屋には入れまい。それにこんなに大 きな錠は開けられないとあきらめたな」
 といった時です。
「旦那さま、部屋においでです」
 と、伊佐の声が廊下から聞こえてくるのです。
「ああ、どうした、伊佐」
 伊佐は戸を開けて、大風呂敷を出すのでした。
「旦那さま、これが長持の品物でございますが、一枚だけ残しておきました。旦 那さまの紋付だけは…」
 びっくりした吉兵衛さんが錠をはずして長持を開けてみると、底がすっかりな くなってしまっているのです。
「竹の節抜きに合せて、縁の下から、鋸で長持の底を切ってしまいました」
 と、伊佐がいうのは、さすがの吉兵衛さんも開いた口がふさがらなかったとい うことです。

(安部忠内)
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